« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月

シングルカフェモルト試飲会@NIKKA BLENDERS BAR

さて・・どれから書いていくか、すっごい
適当な感じですが・・さくっと終わるものから。

金曜日は、恒例のNIKKA BLENDERS BARのイベント。
今回は、カフェ×カフェツナガリで
カフェ式連続式蒸留器で蒸留された2種類のウイスキー。
カフェグレーンとカフェモルトを頂きます☆

P1100268

カフェモルト12年以来、イベント等では何度か
頂いたことはありますが、カフェモルトってなかなか
ないんですよね・・

つい最近では、フランスでお買いになった
ある方のLa Maison du Whisky(LMDW)
のカフェモルト
以来。

ニッカのブレンダー室の中でも、特に長く
カフェスチルついて関わってこられた
ブレンダーでいらっしゃる、河井ブレンダーが講師。

P1100285

西宮から宮城峡に移設された1999年まで
10年以上カフェスチルの仕事をされてたとか。

こちらはかつての西宮工場に設置されていたときの
カフェ式蒸留器。貴重な写真だ~

P1100292

圧力計や酒精計、温度計などが並び、
サンプリングできるチューブもあって、
蒸留器のさまざまな部分の品質をチェックできる
ようになっていたそうですよ。

宮城峡でも習ったカフェスチルの仕組み。
なかなか難しいのですが、なかなかわかりやすく
解説して頂きました。ありがたし。

おもしろかったのは、精留塔と醪塔はそもそも
くっついていてもいいそうなんですが、
それぞれかなりの高さにあるため、
強度等の問題から二つに分けているんですねぇ。

こちらは、仙台に運ぶときの様子。

P1100295

P1100303

何十段にも重なった蒸留装置を分解して、
運ぶのですが、なかなかこれが専門的な技術がいる
ようでありまして・・・日本で1つしかないそう。

それが、大阪の三宅製作所
こちらでキレイに洗浄し、保護をして仙台へ。

ちなみに、カフェスチルのメンテを行っていた
その隣では、某S社向けのポットスチルを
鋭意製作中だったそうです(笑)

そして、カフェ「モルト」とは何ぞや?という説明。
カフェスチルは、グレーンをつくるスチル。

それをモルトでつくったらどうなるだろう・・・
という話がブレンダー室で上がって、
やってみよう!という話になったのがきっかけ。

スライドにモルトでつくったら・・の項に
従来にないコクのある「グレーン」ウイスキーが
できると書いてあって、ニッカも確かに
カフェモルトはグレーンという認識なんですな。

で・・もともとはグレーン専用であって、
モルトで使おうとするといろいろめんどくさいんです。

P1100310

油分が多いトウモロコシと違い、粘り気多し。
ゆえに圧力が上がったり、残渣は詰まったり。
その度。冬でも冷たい水で手洗い・・ぶるぶる。

湯気で中が見えないと掃除できたか
分からず、冬でも冷水を使うそうで・・・

濾過する布も切れちゃって、頻繁に交換・・と
いろいろ苦労が多いのですねぇ・・

極めつけは「牛さんが食べてくれない」(笑)
つまりは、飼料としてはトウモロコシのほうが
おいしいらしく、モルトは引き取ってくれないのだとか。

これ、けっこう死活問題で操業にも影響が。
そもそも原料の10%しか、ウイスキーにできない
わけですからねぇ・・カフェモルト、苦労多いんだ。

で・・・実際のお話の進め方とは前後しますが、
頂いた感想はといいますと・・・

Single Cask Coffee Malt 1998 13yo #219606

P1100322

仙台移設が99年なので、その前年に蒸留された
Made in Nishinomiyaであり、98年12月に解体、
翌99年に移設されたそうです。

てことは、西宮でのファイナルヴィンテージ
でもあるわけですよね。感慨深い。

カフェ式らしい甘さはあるが、かなりリチャーされて
コクのある香ばしさと樽香が力強く、甘さ一辺倒でない
心地よい複雑さを感じます。

さらに、河井さんの解説の通り、華やかさの中に
大好きな金木犀の雰囲気を感じ取ることができ。
金木犀香る秋に飲むと、格別かもしれぬ。

P1100289

LMDWのカフェモルトよりも、さらに甘さと
距離を置いた感じがしましたね。バランスのよさ、
という意味では、LMDWでしょうけど、
こちらのようなカフェモルトもあっていい。
でも、残り香はやっぱりクッキー感がしっかり。

LMDWのカスクは、いくつかの候補の中から、
これというものを選んで商品化しているそうなので、
フランス人好みなのでしょうが、これは
ちょっと方向性が異なるカフェモルト。

逆に以前のシングルカフェモルト12年は、
かなりクッキー的なスイーツモルトだったので、
同じカフェモルトでも対照的になりそう。
今回のカフェモルトと飲み比べしたいなぁ・・・

そうそう、日本ではあまりカフェモルトを
出してないのは、シングルカフェモルトの売れ行きが
あまり・・・だったそう?で及び腰みたい。
いやいや、みんな飲むから~

でも、今回のカフェモルトだったら、
モルト好きにはウケる香りと味わいだと思いますね。
もっと出してもらってもいいんですよ~ < ニッカさん

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

19年もの眠りから醒めて…信州マルス蒸留所 (2) 蒸留所見学

さて、蒸留所に到着です!
南信州ビールの醸造所でもあるんですよね。

P1090313

入り口正面。MARSの文字が堂々としております。
カッコヨス。

P1090314

「駒ケ岳」というブランドなもので、
駒ケ岳蒸留所と思っていたのですが、
正式名称は「信州蒸留所」が正しいようで。

P1090315

マルスの見学は勝手に見ていく方式。
受付だけしたら、後はご自由に~という感じ。

てことで、まずは貯蔵庫から。
いきなり貯蔵庫から見る蒸留所って少ない?

P1090317

ものすごく甘くって、クリーミーで・・・
バターのような美味しそうな香りのする貯蔵庫。
すーはーすーはー・・・

続いて、仕込み。今までは機材だけを見て
通り過ぎるだけだったのに・・・香りがする!
仕込みしてる香りだ・・マヂ感動。

動いていたのは前日のようでしたが、
糖化槽からもウイスキー造りの香りがあり。

P1090328

発酵槽はまさしく前日の発酵のあとの
お掃除の真っ最中でありました。
発酵槽だけに、乳酸菌由来の酸味のある香り。

P1090333

蒸留釜は元気に稼働中!この日は再溜が行われていて、
ニューポットがたっぷりあふれ出しておりました☆
動画の最後、くしゃみ(笑)

どこかニッカを思わせるスタイル。

P1090356

それもそのはず、竹鶴政孝の竹鶴レポートは、
当時の上司であった岩井喜一郎・摂津酒造常務に
まず手渡された逸話があります。

その岩井氏の指導でこのポットスチルが
造られたんですよね。ある種、ニッカの親戚、
みたいなウイスキーなのかもしれません。

湯気がもくもく。稼動している証拠。
うれしいですよね。

P1090359

しかし、気になったのは来る人来る人、
女の人ばかり…どーして?というくらい・・・

ウイスキーに興味がある女性が増えてきたのか、
それとも、外にバスツアーのバスが停まっていたから、
たまたまだったのでしょうかね?前者であると
うれしいのですけどね。

さ、見学終わったら試飲の時間。
毎度のことですが、無料ではなく有料試飲にがっつき。

P1090363

マルス稼動再開の新聞記事が、
どこか誇らしげに飾ってありましたよ。

P1090365

試飲は85/55/91の3種。

・MARS MALT GALLERY 1985 #325

わかりやすいわたしのドンピシャの好み。
この新樽系の香りが一番の好物ですなぁ・・・

新樽の甘みとコクがたっぷりで、ウッディさより、
甘みにふったメイプル系のイメージ。

加水すると甘みが奥に下がり、ウッディ感が増す。
木の渋みの感じも含めてね。時間が経つと、
白檀のようにも変化していく・・・

58%なので少々加水しても問題なし。
加水して頂いたほうが吉かも。

・MARS MALT GALLERY 1988 #567

スモーク感はあるが、シェリーベースの様子。
ピーティとシェリー、二つの個性が仲良く馴染んでいて、
オイリーさ相俟って、ウインナーのような肉肉しさも
感じられる1本。なかなかいいなぁ。

・MARS MALT GALLERY 1991 #1110

トップノートはバナナのようなフルーティさ。
が、味わいは辛口で、デレツンな感じ。
こちらも加水すると、麦の甘さが出てきて落ち着くな。

ということで、圧倒的に1985が好みでした・・・
これ200mlの小瓶なんですが3本買って、
まぁ、ちょうどフルボトル1本弱の量。
で、今飲みながらblogを書いているという・・・(笑)

P1100323

やはり、一番年数が長くて高いからでしょうかね。
1985が一番残ってました。これが一番美味いのにっ!
(もちろん、個人的な趣味でしかありませんが。笑。)

P1090366

その他、2011年3月に蒸留されたニューポットも。
ライトピーテッドは売り切れ、ヘヴィリーピーテッドのみ。

P1100324

ウイスキーフェスティバルで飲んだときは、
ライトピーテッドが美味しいかなと思ったけど、
ヘヴィリーピーテッドも美味しい。

なんだか麦そのものの甘い香りが支配的で
そうヘヴィリー・・・でもないんだけど、
味わいには炭酸のような、雨の日の湿気ったような
なんともいえない味がする・・おもしろい。

こいつが長い眠りから醒めて、世に出てくるとき、
どういうウイスキーに化けるのか。楽しみね。

さて・・・200mlのボトル5本を抱え
(ニューポット2本、1985 3本)また歩いて帰路に。
今回はフルボトルたくさんではないので、
あまり苦にならずに、駒ヶ根駅まで歩けましたよ。

ちょっと予定よりも早めに戻れたので、
途中の上諏訪駅の足湯に浸かって、ほかほか・・

P1090373

ここが露天風呂だったのが、もうそんなに
前だったのか!と軽くめまいがする・・・マヂでか!

夜ご飯は、これまた途中下車して甲府にて。
甲府というと、ほうとうという条件反射(笑)
海のない甲府には、ちょっと似つかわしくない
かもしれないけど・・・牡蠣ほうとう。

P1090375

ま、あわびの煮貝が名物になるくらいだから、
牡蠣もあってもおかしくないかもしれないけどね・・

で、甲府駅北口・NHK甲府放送局の近くで、
ARROW Tab WiFiのワンセグをつかって、平清盛を
見たあとは、またゆっくり各駅停車で帰路に。

1日だけでもボリューミーなお出かけでした。うふ。

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

19年もの眠りから醒めて…信州マルス蒸留所 (1) 岡谷~駒ヶ根

さて・・貯めてばかりじゃなく、書けるときに
書いておかないとね・・ということで、今月はじめの、
信州の旅。旅といっても、18きっぷの日帰り。

モルト好きには、まぁ常識ですが焼酎メーカの
本坊酒造が手がけるウイスキー、マルスウイスキー。

長らく蒸留設備が稼動をしていなかったのですが、
市場の上向きもあってか、昨年から蒸留を再開。
実に19年もの長きブランクを経て、再開されたのです。

昨年は行けなかったので、今年は!ということで、
蒸留している3月半ばまでの間に行かなくちゃ、
と思っていたのですよ。

朝もはよから、各駅停車の旅。八王子から松本行きの
各駅停車でゴトゴト・・・諏訪湖の北、岡谷で乗り換え。

早朝からの各駅停車の旅は、いかに乗り換えをなくして、
通しで眠る時間を作るかが大事。てことで、
6:35 八王子発松本行きに乗車。すごいでしょ。

お前はあずさかっ!というくらい長い距離を走る各駅停車。
めっちゃ貴重。到着は9:41。3時間も走るんです。

岡谷に着いたら、約1時間の乗り換え待ち・・の間に、
少しだけ岡谷の町を散策。岡谷ってうなぎの街…へぇ。

駅に看板があった「御うな小松屋」を探して、
てくてく・・・と歩いてあったあった。

まだやっていなくて、帰りも時間がなくて
結局は行けなかったのだけど、岡谷=うなぎと
知ったのは、ちょっとした収穫。

何気にその手前にあった「台湾料理 隆福軒」も
すっごい気になったんだけど・・・
台湾拉麺もあったし・・・

写真撮っておけばよかったなぁ。
撮ったのは、カラーマンホのみで・・ちょと後悔。

P1090305

岡谷からは、とにかく駅数が多くて、
秘境と呼ばれる駅も多い飯田線。

一度だけ、塩尻から豊橋まで飯田線で、
向かったことがありますが、まぁ時間のかかること。

乗り鉄さんは、通しで乗ることに意味が
あるそうですが、わたしはそのときには疲れた…
という記憶が強いですね(苦笑)

途中、仁科盛信の魂が宿る高遠城最寄の
伊那市駅を通過。また、高遠城も行きたいなぁ・・・

で、下車したのは駒ヶ根駅。ちょうど12時前で、
お昼にはいい時間になりましたので・・
駒ヶ根ゆうたら、ソースカツ丼やないけ!
ということで早速・・・

P1090306

前回と同じ「水車」さんで頂きました。
せっかくだったら違うお店にしてもよかったかな・・・
あ、もちろん美味しいんですけどね☆

ここからはもちろん。歩き!(笑)
多くの人にオカシイと言われるのですが(汗)

距離にして5km弱。ちょっとアップ続きでは
ありますが歩けない距離じゃないと思うんだよな・・
そして、道を憶えている自分、すげぃ。

途中、駒ヶ根ねこに遭遇。
めっちゃにらまれました(笑)

P1090311

さて・・・信州マルス蒸留所に到着!

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

SMWS 2012 Spring Sampling。

さて・・・またネタがたまり気味ですが、
書けるものから書いていきます。

昨日は、汐留・パークホテル東京にて、
SMWSのティスティング会に参加しました。

P1100265

土曜日の東大Sのほうに、行きたかったんだけど、
土日は北陸にいたので、こちらのほうへ。

個人的に、このティスティング会ってすごく好き。
特にセミナーがあるわけでもないし、好きな時間が来て、
自分のペースでティスティングにじっくり向き合える。

そして、ボトルたちはみんな一期一会だし、
気に入ったモルトは数日すれば買えるようにもなるし。

てことで、2時間ちょっとで12種類のティスティング。
個人的に気に入ったのは、この3種。

■39.84 Linkwood 1990 21yo 48.0%

はじめこそ、みたらし団子のような濃厚な甘さを
感じたけど、徐々にハーブのような、薬草のような、
続いて漢方やシナモンの香りに変化。

他のと交互に飲んでいると、古い倉庫のような、
そう、前々日に訪城した金沢城石川櫓で感じたような、
ちょっとくたびれた木々の香り。
湿っぽさやほこりっぽさも混じったような・・・

他にはない、そして好みの香りの1本。
なかなかウイスキー飲まない人に美味しそうね、
と思ってもらえない表現しかできないのが、
もどかしいのだけれど・・・

■37.51 Cragganmore 1993 18yo 60.0%

打って変わって、こちらは圧倒的なフルーティ。
シェリー由来のベリー系の香りが中心。

いちごやグランベリーのほかにも、
アセロラやざくろ、それにバラの香りも混じって、
ウイスキーでは珍しい感じない華やかな香りが
百花繚乱という感じがぴったりします。

少し紅茶のような渋みもあり、バラの香りと
相俟ってさしずめ、ローズティーのような雰囲気。

■121.52 Arran 2002 9yo 59.9%

最後はアラン。あまりアランでコレキター!というのは、
実は少ないわたしなのですが、なかなかこれには
かなり惹かれましたねぇ。

甘いアーモンドオレから入った後に、
実に濃厚なミルキーなソフトクリームのような。
たぶん、これはキライな人が少なそうで
比較的万人に受けいれられるだろうな、という感じ。

・・・てことで、けっこうお値段はしますが、
久々に複数本買っちゃうかなぁ。リンクウッドは確定。
グラガンモアとアラン、どっちにするかな?

東大S、パークホテル東京、あるいは
全国の会場で参加した方々には、何が人気なので
しょうかね・・・23日の発売日には、
ちゃんと買うようにしなきゃ。

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

虹色の東京タワー。

先週の金曜日。東京タワーが虹色になるというので、
ちょっと見に行ってみました。

P1090601

でも、LEDだと写真への収まりが良くないねぇ。
個人的には普段のライトアップのほうが、
いいかなぁと思っちゃいました。
七色で外から照らしたら、キレイになるかなぁ。

余談ですが、嵐が絡んでいるということで、
女の子グループばっかり・・・めちゃめちゃアウェイ・・
なんですが、撮ってください!が2回も。びっくり(笑)

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

城に関する基本的な立場。

さて・・・名古屋城について一通りまとめたところで、
わたしの城についての考え方について。

改めて全体を俯瞰すると、やっぱり城好きの中でも
少数派なんじゃないかなぁ・・と思う始末(笑)

■主な関心の範囲

城好きであることは、確かなのですが、
基本的にわたしの守備範囲は、近世城郭であって、
もともとの歴史的な関心である戦国中期以降とは、
若干のズレがあります。武田びいきだしね。

訪城する際に戦国時代への関心から向かう場合は、
必ずしも城好きとして、向かうわけでは
なかったりするんですよね。山城とかね。
アレはアレで、好きではあるんですが・・・

わたしにとっての「城」とは、建物としての城。
織田信長から始まる、シンボルタワーとしての城。

建物に諸外国の影響が色濃く残っていたり、
宗教的な影響が色濃く残る意匠ではなく、
俗世の日本人の明確な意思による表現物としての城。

いろんな意味で、ピュアな日本的な建築意匠の
到達点として、城郭が位置づけられると考えています。

■複眼的視点

わたしが城を見るとき、改めて思い返すと、
以下の3点で見ているなぁ、と気づきます。

・歴史的視点
・デザイン的視点
・日本建築としての視点

重要な点は、城を歴史的視点、つまりは
文化遺産としてだけで捉えないこと。

一般的に価値があるとされる「城」は、
重文(重要文化財)や国宝に指定されていて、
安土桃山~江戸初期の歴史的建造物
としての価値が認められています。

なんですが、純粋にデザイン的にカッコいいという、
デザイン的な要素もわたしの中では
評価のかなり大きなうウェイトを占めています。

さらには、規模の面でも技術の面でも、
日本建築の最高峰、フラグシップとしてのすばらしさ。

わたしが好きな城・・・というと、
豊臣時代の大坂城、岡山城、広島城、
熊本城、松江城、金沢城と織豊時代から
江戸初期の意匠の城が多いです。

城についてのいろんなコラム等を読んでいて、
すごく感じることは、実に歴史的観点一点でしか、
城って語られないなぁ、ということです。

■文化財至上主義

特にわたしがそれは違うでしょと
感じるのは「文化財至上主義」とでもいう考え方。

歴史好きや歴史の専門家、学芸員さんにも
けっこうこの手の考え方が見受けられるように思います。

つまり、建物がないという結果(状態)こそが
歴史の結果であり、文化遺産。
これにいかなる手を加えるべきではないという考え方。

歴史人のこのあたりのコラムなんかも、
この手の考え方に含まれるでしょう。

一度見た意見で、城跡に何か再建をするんだったら、
歴史上の人物の手紙(の失われた部分)も
造ればいいじゃないかというのを見て、仰天したことが。

これなんかも、文化財のどこに歴史的・文化的価値が
あるかの本質をついていない議論。

手紙の例だと、特定の誰かが書いたことに
意味がある一方、建造物は特定の個人が造ったかではなく、
伝承された技が最も価値のあるはずなのです。

わたしにとって、櫓がないのこそがいい、
というのは、原則的にありえません。

櫓はあるべき(過去にあった)城でないのは、
(景観その他は別にして)ただのパーツの欠損。

たとえば、サモトラケのニケ

頭部も腕も欠損していて、どんな表情をしていたかは
わからないままであるので、あのまま鑑賞するしか
ないわけで、仮にこれが見つかったら?

いや、頭はないほうがいい、なんてあるわけない。
わたしにとっての城に対する見方も、
これと同じような感覚です。

■「城」の価値

とここまで考えたときに、わたしが考える
城の価値って何なんだ・・・というと。

日本建築のフラグシップたる城郭建築をつくる
技の継承をすることがひとつ。

そして、過去にあった天守を正確に復元することで、
先人が目指した日本建築の美を現代でも目の当たりにし
手に触れられるという経験。

最後に・・これはなかなかコンセンサスが
得られないとは思うけど、そのような伝統の上に、
現代的な目的を持った城郭建築を新たに
築城することが可能になるということ。

伝統には、継続性と緩やかな進化が必ず伴うもの。
ただ昔をなぞって護っていうことが
伝統なのではないんですよね。

新たな城をつくることができたら、
理想の極みといえるでしょうねぇ・・・

■名古屋城の木造復元についての立場

ということを踏まえると、おのずと話が挙がっている
名古屋城の木造復元についての立場も
おのずと現れてくることになります。

いくつか目立った論調に対して、反論すると・・・

・今造っても、所詮「本物」じゃない

特に、先般の名古屋城での討論会との関連で言うと、
反対論にあった「今更つくっても本物じゃない」というのは、
まさに、城を歴史的観点でしか捉えていない典型。

つまり、江戸時代以前に建てられた城でないと、
本物ではないという時間軸で「本物」「偽物」を区分け
していることになります。

でも、本当にそうでしょうか?明治維新後の
廃城令で多くの城の建物が失われましたが、
それはあくまで、表現物としての城が失われたに過ぎず、
長きにわたり培われた技は、消え去ってはいないはず。

ちょうど、生物が体の一部を失っても、
遺伝子さえあればまた再生できるかのように、
日本建築の最高峰たる城郭建築を
生み出し続けられる文化的な遺伝子は、
プールされ失わずにあるはずだ、と考えています。

それにすらも「偽物」のレッテルを貼ることは、
匠の技そのものに対する軽視であり、
今を生きる宮大工の皆さんに対して、失礼な物言い。

本物とは、日本の歴史の中で培われ、育まれてきた技で、
建てられたモノではないでしょうか?

・RC造りの天守にも建築当時の市民の想いがある

一方で、戦後のRC造天守についても、
違った意味で批判の対象になりえると考えています。

大阪城(3代目)を皮切りに、戦災で失った
岡山城・広島城・名古屋城・和歌山城・福山城などなど、
いずれも、当時の市民の想いがあったのだろうと
いうことは、容易に推察できることですし、
その想い自体を無碍にするわけには行かないとは思います。

が、燃えない天守をつくる、壊れない天守をつくる
という当時の発想は、自然に対して制圧し
管理し超越しようとする、どこか思い上がった側面が
あったように思います。

それもまた日本の歴史ではあるわけで、それを残すことは
必要かもしれません。が、そのやり方では、
日本建築のDNAを将来に残すことは、できなくなります。

一時的にはなく、永久に。むしろ、復元に当たって、
本物志向によくぞなったなって思います。
危うく技が継承されずに断絶するところだったのでは。

じゃぁ、どうすれば?というと、現RC天守を移築して、
歴史博物館として活用しつつ、当時の部屋割りのままで、
使える建造物として、木造再建がベスト。

いずれにしても、現RC天守にもいつか寿命は
出てくるはずで、小手先で延命するよりは、
早めに見切りをつけて、木造に建て替えたほうが
結果的には良いと感じます。

こちらのように、財政面を指摘する声はあるでしょうが、
結局、初期投資の金額の大きさばかりを
クローズアップしているだけで、何百年という
長期的なスパンで捉えられていません。

また、最終的には実施判断は市民・県民の判断に
よるものになると思ってますから、税金で…ではなく、
再建のために、市民が追加で資金負担するというのが
前提になるとは思います。(要は市の財政云々とは別枠)

資材が高い、職人がいない、耐震構造が不明瞭・・
などというのは、できない理由を並び立てているだけで、
やるためにどうするかを考えれば、よいだけのこと。

特に職人不足などというのは、今までのツケが
きているわけですから、むしろ積極的に事業を起こして、
職人を育て、次世代につなげていかなくてはいけません。
やらない理由どころか、やる理由になる項目です。

パネルディスカッションについて

その意味では、パネルディスカッションにあった、
特別史跡の価値を向上する(いわば脇役としての)価値、
という見方にも、わたしは与することはできないなぁ・・・
と思いながら聴いていました。

結局、史実には忠実であるべきだというところには
つながってくるので、結果は同じなんですが・・・

ただ、実測図を残すという、天守のDNAをしっかり
残したという点は、わたしも当時の名古屋市の方が
賞賛されるべき点だろうと思います。

たとえば、姫路城はやっていたかというと、
やっていないわけで、たまたま天守が焼失しなかった
というだけであり、もし焼失していたら、
戦災で焼けた他の天守を同じ運命をたどっていたはず。

もちろん、燃えてしまった岡山城・広島城を
はじめとする城も実測図なんてつくっていないわけで・・・

よし、意外と(個人的には)うまくまとまった気が。
自分の中でもやもやしていた「城観」が、
けっこうはっきりしてきたような気がしました。

やっぱり、文章に落としてみるってのは、
思考の整理になりますな。

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン


| | コメント (0) | トラックバック (0)

From That Day On...

タイトルは、Final Fantasy 6の世界崩壊後の曲のひとつ。

あの物語の世界も大きく変わったように、
地が振るえ、波が荒れ狂ったあの日から、
日本は大きく変わってしまいました。

建物がなぎ倒され、津波が街を包み込み・・
といった物理的なこともさることながら、
日本人の心のあり方の変わりよう、あるいは
変わったように見えることが、気になっています。

各地で頻発した震災瓦礫等々の受け入れ拒否。
川崎をはじめ、京都五山送り火など例を挙げれば、
枚挙に暇はありません。もう・・・何度も。

そして、被災地の方への差別。
科学的でない被災地産の食べ物の拒絶。
水の買いしめ・・・・

地震直後こそ、物の奪い合いをせず、
きちんと行列をつくって、秩序ある日本人と
賞賛されましたが、なんのこっちゃと。

結局、いざとなったら、自分のことしか考えない奴が
こんなに多いのかと気分が滅入ることもありました。

そして、そういう事例を見聞きするたびに、
否が応にも、生きるということの意味、
同時に死することの意味を考えずには
いられませんでした。

放射線を避け、震災に苦しむ人と被災地を忌避してまで
長く生きる意味とは何だろうかと。

ひょっとすると、日本人は命の大切さというものを
なぜ大切なのかを忘れてしまって、ただただ大切なもの、
理由もなく大切なものにしてきてしまっているのではないか?

命は、なぜ大切か。わたしは、命は可能性だから、
だと思っています。いや、思うようになりました。

今はつらいかもしれないけど、命があれば、
いつか楽しさや喜びを感じることができるかもしれない。

だからこそ、長きに渡って楽しい時間を過ごせたかも
しれない可能性を奪う殺人は罪が重いわけで、
若くして命を落とした方を偲んで、
人は涙しその死を悼みます。

命は、充実する人生を送るためにあるものです。
命永らえることが目的ではない。手段です。
とても貴重で崇高な手段。でも、手段なのです。

もちろん、わずかな放射線でもこれからを担う、
小さな子を蝕むことは事実。だから、世のお母さま方が
気を揉むことは当然でしょう。

だからといって、むやみに不安を増大させられたり、
非科学的な言説に惑わされて、楽しく充実して
生きることを忘れて、不必要に放射線に怯え、
正しい知識を理解しようともせず、進んで絶望に
打ちひしがれて生きてはいけないのです。

特にお子さんがいらっしゃる方。親の背を見て、
子は育つはず。親が充実して楽しいときを
過ごせていないと、子供にとっても不幸になると思います。

ましてや、こんな時期に子を産むなんて非難したり、
あなたたちはもう子供を埋めないのだと脅すなど・・・
本当に許せなかった。恐怖による思考停止がここまでとは。

わたしは、そのような人道に悖る振る舞いをして、
自分の人生に、自ら汚点をつけるようなことはしたくない。

たとえ、それによって死すことがあろうとも、
苦しむ人を蔑み、忌避することなく、心のなかで、
寄り添いながら生きていけたことに誇りを感じるでしょう。

わたしは、いつもと変わらずよくばりに、
楽しく充実した人生を送るように生きていきます。
自分が楽しくなくっちゃ、人を楽しくできないもの。

そして、いつものように東北にも
訪れたいと思います。

なんだか、うまくまとまらなかったですが・・・・
さぁ、あと少しであの時がやってきます。

犠牲になった多くの御霊に祈りを。
被災地に生きる未来ある人々に希望を。
手を差し伸べてくださった世界の皆さまに感謝を。

Spirit of Unity 絆で・・・献杯。

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名古屋城、そのあと・・・

さて、講演会は無事に終了。
出口で500円寄付したら、本丸御殿使用の木材の
切れ端をいただけるというので、Get!

P1090591

これ、やっぱり元がいい材なんでしょうね。
すごくいいヒノキの香りがします。
お風呂に置いたらいいかなぁ・・と思いつつ、
もったいなくてできません(笑)

会場を出たら、いつぞや模型で見た愛知県庁が
目に入ってきました。

P1090172

おおお、こんな「あやしい城」式の県庁が
実在したんだ・・・(笑)

名古屋城は、今回はさらっと。
東南隅櫓。以前、内部公開されていたときに
入ったことがあります。

P1090174

しかし、ものすごい快晴だった名古屋。
青い空に城って、いいなぁ。

P1090179

本丸に入ると、なんだかせまっくるしい印象。
それもそのはず、本丸御殿の素屋根工事の見学施設が
オープンしているからなんです。

P1090180

ごっついいかつい・・・しょうがないね。
でも、名古屋の人がちょっとみっともない・・・
と言っていたのも、わからんではない。

P1090185

完成予想図。このアングルから撮れる日が
待ち遠しいですよね。わくわく。

P1090186

見学施設は3Fくらいまで上がって、
高いところから見学。だれも見てないけど、
東南隅櫓も高いアングルから見えます(笑)

P1090195

おおーっ、やってるやってる♪

P1090198

この徳川葵の紙はなんだろう・・・
ここに紋瓦がこうつくから
このようにこけら葺きしないと・・てこと?

P1090205

瓦葺きももちろん美しいのだけど、
こけら葺きはまた違った美しさがあるよねぇ・・

P1090206

反対側から撮ると、いい具合に光が当たって、
木々がキレイに輝いておりました。

P1090221

P1090226

素屋根工事の期間限定でしょうが、屋上には
ソーラーパネルが設置され、電力を100%自家発電。

P1090229

で、一応天守にも。見上げる天守も迫力が
あって好きですねぃ。

P1090244

基本的に見たものばっかしなんですが、
特別陳列の本丸御殿障壁画復元模写展がすごくて。
二条城では、写真に収められませんでしたが、
こちらはNo FlashでOKだったので、いくつか・・・

虎や猫の絵が多くて、しかもどれも優しかったり、
またちょっとコミカルな表情だったり、
ほのぼのするような作品が多かったですね。

P1090268

P1090270

P1090259

P1090269

もみじの紅色もものすごく艶やかで、
背面の金地に負けない美しさでしたよ!
これが御殿内に収まると考えると、ぞくぞくしますな!

P1090279

復元済みの釘隠しなどの装飾類。
これは、二条城との共通性を感じますよね。

P1090285

やぁ、念のため、天守に向かってよかったなぁ。
で、もう一度天守。こっから(西南隅櫓脇)から
撮る天守も美しいアングルで撮れますな。

P1090292

で、西南隅櫓は修理中。
そういや、以前に撮った写真みたら、
かなり老朽化している感じだったもんなぁ。

P1090290

で、もう名古屋城を出て帰路に…
ほんと、とんぼ返りだわ。あ、せっかくなので
わらじとんかつを食べてから。銀座にもあるけどね。

P1090297

味噌とソースのダブルソース。
味噌だけだとちょっと単調な感じなので、
わたしとしては、両方楽しめるのがいいかな。

さて・・・今日は3/11。この日に思うことをはさんだ後に、
じゃぁ、城ってものに対してどう考えているのか、
というわたしの基本的なスタンスをこの機会に、
まとめておくことにしましょうか。

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名古屋城の将来を語る市民大討論会(3)

ちょっと、間が開いてしまいましたが、
休憩を挟んで、パネルディスカッションです。
(長いですので・・・興味ない方はスルーを)

こちらも、基本的に木造天守に関するところのみ
ピックアップしていきますね。話の都合上、
時系列は少し前後して書いていきます。

■あるべき木造天守再建論

最初に、麓和善・名古屋工業大学院教授から、
文化財保存の立場から見た「本物・偽物論」にコメント。

焼失したという意味では、本物はなくなったわけだが、
焼失を免れた文化財もあり、また特別史跡という意味で
名古屋城は本物の文化財。これを護り、価値を高めるべき。

これら「本物」の価値を高めるための手段として、
本丸御殿の復元や場合によっては、木造天守の復元を
位置づけることができる、と。

文化財の価値向上という視点では、史実に忠実であるべきで、
史実の再現性という意味では、名古屋城天守は
最も忠実に復元できる天守であるとの指摘。

これは、名古屋市の事業として行われた
昭和の実測図があるということがその裏づけに
なっているわけですね。

実測だけで5年もかかり、図面ができるのは、
戦後の1952年。このような例は、名古屋城だけで
専門的に見ても、伝説的にすばらしい図面だそう。

続いて、司会の瀬口哲夫・名古屋市立大学名誉教授から、
海外の事例との比較。名古屋市は疎開できる文化財は
疎開させ、建物のように容易に動かせないものは、
実測図を描いた・・ということですが、
WW2の時期に、英国でも同様の動きがあったんだそう。

戦時中で授業ができない間、文化財となっている
建物の実測調査をやっていた大学があったらしく・・・
当然、ロンドン空襲があるという想定。

日本では、名古屋だけがそのような文化財を護る
という発想をしっかり持っていたことは、
誇れることではないか、という指摘。まったくですね。

続いては、先ほど説明してくださった片岡教授から
天守を再建する場合の心構え、スタンスの話。

地震が多い日本、天守に免震装置はいるのではないか、
という声もあるそうだが、それでは復元になるのか?
と疑問をお持ちだという立場。

可能な限り史実に基づくという観点からも、
近代的な装置をできるだけ排除して、
進めるのが、大原則であろうとのお考え。

すぐに免震装置をいれなきゃというのは、
天守の構造をあまりご存じない発言なのでは・・・と。

■河村市長の意見

河村市長は、相変わらず精神論だなぁ・・という感じ。
キライじゃないですけどね。シンボルとしての名古屋城。

市長が大きな課題として、認識しているのは現天守の扱い。
登録有形文化財になる建造物は、建造後50年経った
建造物のうち、価値のあるものが登録されうるわけで、
これをどうするか・・・ということ。

また、住民投票をするという市民の意見をとりあげ、
非常にいいことだと発言。
それもやはり、名古屋人のアイデンティティに
関わることだから・・ということみたい。

総工費については、この後何百年と名古屋のシンボルとして
もつものとして考えれば、数百億でも安いじゃないかと。

■文化財を復元することの意味

ナチスに完膚なきまでに破壊されたポーランド・
クラクフの復元の例を知多ソフィア観光ネットワーク代表、
山本勝子氏がお話になっていました。

戦後、壊れたレンガを集め、写真や人々の記憶を
基に蘇ってくわけですが、食うにも困るような時代に、
なぜ復元に取り組んだか・・

それはナチスによって、ポーランドの文化や歴史といった
伝統を決して抹殺させないという自国に対する
強い誇りと意思があったのだろうと推察されます。

そこで、名古屋城を復元する場合、その復元に
名古屋人は何を見出すのか・・・その議論がいるだろうと。

たとえば、江戸時代にどのような文化が名古屋で育まれ、
それをどれをどう伝えていくのかということとか。

単に木造の天守を復元するだけでは、おもしろい街には
ならないだろうと。ソフト面の検討が必須という指摘。

■木造復元をする価値

これを受けて富山大学教授の古池嘉和氏。
名古屋を50年以上見守ってきた現天守の(固有の)価値は
キチンを見据えた上で、その価値を上回る価値とは何か・・・

それは、建物としての復元だけではなく、
機能としての復元という視点もあるのではないか?
観光という価値ではなく、城本来の価値を見出す、
という視点だったり、技の継承という視点など、
複眼的に木造復元の価値を考えていく必要がある・・と。

続いて、再び麓氏。現天守の再建の際にあった
名古屋市民の議論の様子。当時の名古屋タイムスで
10日に1回程度の割合で、議論の進捗が
紙上でレポートされていたそう。

ここから当時の名古屋市民の再建に対する
熱い想いが感じ取れるのだとか。

そのときのコンセプトは、概観は可能な限り、
オリジナルに忠実に、内部は焼失を免れた
文化財の博物館として機能させると。

文化財の保護施設という天守の機能的な観点からも
コンクリート造りである必要があると
考えられていたようです。

今の天守=コンクリ=価値ナシと即断するのは
早計だろうということですね。

当時とは目指すコンセプトが違うでしょうが、
改めて腰を据えた議論がいるでしょう。

また、実際に再建をするとなれば、
設計図があっても、資材が準備できても、
また職人さんがいるだけではダメで、
天守復元を統括するプロジェクトリーダーが
文化財としての知識を有していることも大事、と。

今の名古屋城本丸御殿の再建の場合でも、
必ずしもうまくコトが運んでいるとはいえないとか…

続いて、片岡教授。当然、再建に当たっては、
地盤の調査は必須であろうし、宝暦修理の原因と
なった天守の傾きの事例を踏まえ、過去のトラブルは
根本からつぶしていく必要はあるだろう、と。
地盤まで復元して、また傾かせてもね・・・

また、大径木の木材が手に入らない場合には
2本の木を接木したり、張り合わせたり、修正材を使う・・
なんていう方法が許されるのかどうか・・・など。

ただ、個人的には懸念事項は当然あったとしても、
それはやる/やらないの判断にはあまり直接的には
かかわってこないだろう、と思っています。

やはり、山本氏や古池氏が指摘するように、
木造天守復元の意義と価値を明確にするということ、
そして、史実に忠実に復元可能にしてくれた
先人の想いを充分に汲み取ること…
これが、大事なのでしょうね。

■市民の挙手による質問・意見

市民の皆さんからも、続々と挙手で意見が上がり、
皆さん一家言をお持ちな様子。前の記事でも書きましたが、
名古屋城が愛されているんだな、ということを
ものすごく感じたんですよね。

たとえ、木造天守再建に賛成であっても反対であっても。
その証拠に単純にお金がかかるとか、そういう理由で
反対意見を述べた方は居られなあったんですよね。

たとえば、木造天守で復元すると工期は12年にも及び、
ただでさえ本丸御殿建設中なのに、さらに天守まで…
となると、あまりにもみっともない。

それにこんなに長い間、名古屋のシンボルたる
名古屋城天守を拝することができないなんて、
それこそ、名古屋人のアイデンティティの喪失では?と。

名古屋城の価値を高めることが木造天守再建の一方策で
あるならば、むしろ東北隅櫓を再建して
隅櫓を揃えるなど、往時の本丸の姿を取り戻すことこそ、
先にやるべきことだ、というご意見がありました。

また、住民投票やこのようなシンポジウムだけでなく
パブリックコメントの形できちんと意見を吸い上げ
実現に向けた議論をさせてほしい、とも。

なかなか面白いと思ったのは、濠をぐるっと回って
天守や櫓、石垣を見上げられるような仕組み、
取り組みがほしいという城好きの方がいらっしゃったり。

城好きでも、外観復元天守でも立派なものはあるだろう
という方、東北が大変なときに巨費を投じる
木造復元を考えていていいのだろうか・・・など、
城好きといっても、幅広いなぁと思うこともありましたね。

普段から城って、もう少し多角的に見るべきだろう、
と思っているだけに、こういったシンポジウムは
非常に興味深い内容でありました。

城についても、こういう機会があったら、
積極的に足を運びたいなと思いますね・・やはり、
そういう意味ではtwitterが貴重な存在かな?

この後は、せっかくなので名古屋城そのものも
少し(?)見て回ってから、帰京の途につきます・・・

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名古屋城の将来を語る市民大討論会(2)

さて、ここからは中部大学・片岡靖夫教授のお話。
以前にも名古屋城木造の課題について、
名古屋市に結果をレポートすることがあったそう。

でも、ホントにそうなのか?と思うところがあり、
さらに1年、研究室の学生さんと研究を進めて
こられたのだそうです。

ということで、どんな課題があるのか、
どう乗り越えないといけないのか・・
を解説いただきました。

■いつの天守に復元する?

いつの時代に復元するか?という点。

名古屋城天守、創建は慶長年間ですが
宝暦年間に天守が大きく傾き、大工事により
修復された歴史があります。

先ほどあったように、宝暦修理後の天守は
昭和に実測図があるため、かなり再現性は高いわけですが、
慶長創建時に戻すとなると、相当なハードル。

しかし、これはもし復元する・・となれば、
宝暦修理後ということで、コンセンサスは得られる
という気はしますので、あまり問題ではないかな、
と個人的には感じますね。

■木材の調達・品質管理・検査

これも先ほどの話にあった調達性の問題。
やっぱり、市場から調達しようというのがマチガイなんじゃ?
という気がします。三浦先生の話が正しいとするなら。

大洲城の再建の例。高さは約1/2、体積は1/8と
名古屋城に比べれば小さい天守ですが、
かなり忠実に木造再建された城なんですよね。

大洲城の場合、なんと募金かつどうならぬ募木活動で
材木を集めたのだそうです。個人、神社、寺院が所有する
山林から伐り出した材木で、再建されたんですって。

続いて、品質管理。
木って含水率が高いんですが、永く何百年も耐えうる
建築物の材として使うには、中までしっかりと
含水率を下げる必要があるんですね。

このあたりは、ウイスキー樽の製樽とも共通しますが
樽はせいぜい50年程度、こちらは何百年と持たせるわけで。
しかも、圧倒的に大量の材木を乾燥させなくてはいけません。

ここをどうやるかが大きな課題のひとつ。
なるほど、大径木が手に入ってもこれは大変かも・・・

さらに、製材していく中で本当によい部分だけを
使っていくわけですので、材が全部使えるわけではない。
ということは、相当量の原材が必要なわけですね。

■火災に対する耐性

要は、安全性のクライテリアを確保するために
どういう構造体にするかという点。
この検証のために作られたのが、この模型。

P1090156

基礎部分だけの模型ですが、城好き的には
かなりテンションがあがる模型です!

まず、火災について。確かに木は燃えやすい。
しかし・・しかしですよ。

燃えやすいのは、一般住宅で使われるような、
比較的細い材の場合であって・・・

天守に使われる大径木の材、燃えたとしても、
表面が炭化することで酸素を遮断し、中までは燃えにくい
という性質があるのだとか。

これは最近法律でも認められ、結果的にイベントホール
などの大規模建造物の木造建築化ができるように
なったんですって。これは朗報ですな。
消防法のネックも解決できるかもしれない!

そもそも、同じ木造建築とはいえ、
戦いのための建物なわけで、戦火にある程度は
耐えうる構造はしていて、同じ木造でも
寺社建築などとは違い、密林のように大量の木材が
使われるのも、天守の特徴なんだそう。

■反りの美しさ

話は、破風の反りのカーブの美しさに
変わっていきます。片岡教授は「惚れ惚れするような」
と表現されてましたが、まったくその通り。

どの城郭建築を見ても、反りの美しさは
見所のひとつなんですよね。

片岡教授は何か・・・数学的な関数に
なっているに違いないと予想されたそうです。
放物線や双曲線のような。

あるとき、これは懸垂線ではないか?と直感。
長さと重さが決まると自然に決まるカーブ・・・
まだ確証とまでは行ってないそうですが、
そんな予想をされているんだそうです。ふむ。

■地震に対する耐性

慶長創建時宝暦修理時では、耐性がずいぶんと
違うようで、瓦葺でかつ厚い土壁で重かった
慶長創建時天守は、耐性が低いようです。

上記のリンク先は、広島大の三浦先生のページですが、
慶長度天守は最上階の入母屋屋根だけが、
銅板葺なのに対し、宝暦修理後は全体的に銅板葺。

銅板葺の宝暦修理天守は、ずいぶん軽くなって、
土壁も宝暦修理に軽量化する工夫がなされたのだそうで
軽量化した宝暦天守で計算すれば、現代の基準でも
地震に対する耐性は、十分に満たせる内容。

そういや、江戸城寛永度天守はそもそもが銅板葺。
あのくらいの巨大天守になると、銅板葺じゃないと、
持たないのでしょうなぁ。

もちろん、建物だけじゃなくって、
名古屋城天守のある場所の地盤構造なども
綿密に調べる必要はあるみたいですけどね。

さて・・続いては、市民の皆さまの意見表明。
直接、木造天守に関わらないものもあったんですが、
そこは割愛をさせていただきつつ・・・

もちろん、わたしは木造再建に賛成。
なんですが、たぶん城好きの皆さまの中にも、
かならずしも、賛成というわけではないでしょうし、
むしろわたしも、反対意見がどうなされるのか、
というところに関心があったんですよね。

物事を決める際に、賛成意見がたくさんあると
心強いものですが、ブラッシュアップするにはやっぱり、
反対意見との鍔競り合いが必要だと思うんですよ。

いくつかご紹介すると・・・

●天守よりも、本丸中心に全体的な本来の景観を
 忠実に復元してほしい。

●天守を本来の姿に戻すことで、「本物」という
 質の高い文化を提供できる。本物こそ価値。

●まずは広く市民の意見を募り、住民投票をすべき。
 建設工事や費用の内訳、現天守の解体現場を広く公開。
 資材は一級品を使い、宮大工の匠の技で復元。
 中途半端なものは残してほしくないし、
 そうなるなら、復元はやるべきでない。

●所詮、復元は復元。木造もコンクリも変わりはなく、
 現天守を取り壊してまで木造にこだわる意味はない。
 本物にはなり得ない。この構想は市長の自己満足。

●江戸期は五層五階。外観復興天守は五層七階。
 当然江戸期の天守はエレベータもなく、人に優しくない。

●昭和30年初頭の「二度と燃えない天守」をつくれ、
 との市民運動があった。その成果たる現天守と
 当時の市民の想いを護り、未来に伝えるべき。

てことで、最後の3つは同じ方の意見なんですが
しっかり反対意見を述べられていて、個人的には安堵。
賛成論者だけの寄せ集めだったら、議論にならないものね・・・

が、ただ本物とは何か、天守とは何かを
誤解されているなぁ・・というのがわたしの印象でした。
# わたしの意見は最後の最後にとっておくとして。

てことで、休憩を挟み、パネルディスカッション。
うー…思ったよりも内容がボリューミーだわ。
とてもじゃないが、一気には書けない・・・

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名古屋城の将来を語る市民大討論会(1)

例によって、遅きに逸した感はありますが・・・
先々週、2/19に行われた名古屋城の将来を語る会。

今名古屋は、この直後河村市長の発言でえらいことに
なっておりますが・・・まぁ、それはそれとして。

この会の発端となったのは、名古屋城天守を木造で
復元しちゃる!という発想をどどんと市長が出されたこと。

で、Webのニュースをみてこんな会があるなら、
城好き、天守好きにとっちゃぁ、はるばる名古屋まで行って、
話を聴きに行こうではないか、とこうなるわけです。

しかし、よくまぁ、わたしのような余所者を
当選させてくださったものです。名古屋市さんには感謝。

P1090129

この日は、前日夜からの高速バス移動。片道約3,000円という
激安プランでございます。開始が10時なので、
しばし、ネットカフェでZzz・・・

ちょうど開始30分前くらいでしょうか、
現地に赴くと、名古屋城のゆるキャラ・はち丸くんが
お出迎えしてくれました。

P1090133

会場に入ると、戦前の昭和期に実測、戦災で焼けた後も
続いていた長い図面製作の果てに残された
名古屋城天守の実測図(写真)が展示されてて、
わぉ、とテンションも上向き!

P1090142

内部構造もバッチリです。ここまで詳細な構造が
わかっている天守、ほかにはないそうなんです。

P1090141

初層・二層の断面詳細図。立面図だけでも
詳細なのに、さらにこんな図も・・・

P1090134

名古屋城の誇り、金鯱も詳細に図面化。

P1090136

会場はこんな感じ。始まるのを待ちます。

P1090144

段取り。主催者として河村市長の挨拶の後、
名古屋城総合事務所からの現況説明に始まって、
中部大学・片岡靖夫教授による木造復元の課題。
つづいて、市民6名の意見発表。
あいだ休憩を挟み、パネルディスカッション。

予定では、2時間半だったんですが、
3時間半にも及ぼうかというくらい
かなり時間オーバー(笑)

■河村市長の挨拶

最初に思ったのが、おぉ名古屋弁ってこんなんなんや!
ってこと。皆さん、名古屋弁って「~だがや」とか
「ちょー」とかいうけど、実際しゃべられてるの、
聴いたことあります?

なんか名古屋の人って、標準語しゃべってる
イメージなんですが、ほぅ名古屋弁とは
こういうもんなんか、という城とはまったく関係ないこと
が印象に残りまして(笑)

河村市長は、もちろん木造再建派。
しきりに「民族(?)の誇り」と言っていましたが、
やはり、コンクリ建の博物館ということで、
少々、案内してもがっかりさせる面があることを
気にしているようでした。

やはり、名古屋に住んでて自慢になる名古屋城を、
よそに負けんもんがあるぞということで、
木造建の天守が欠かせん、とこういうわけであります。

実は、戦前に国宝に指定された城郭第1号こそが、
名古屋城天守なんですね。第2号が姫路城。
名古屋城がほんとは・・という思いもあるのでしょう。

が、江戸城を凌ぐ・・というのは、
明らかに勇み足ですね(笑)

そんなの、天下人の天守がいくらなんでも
名古屋城に負けるわけないでしょーが。

大阪城も比較対象が豊臣大坂城ならば、
ひょっとしたら、名古屋城のほうが大きいかも、
というのはあります。が、徳川大坂城と比べると・・
どうなんでしょうねぇ。

そんな貴重な天守が戦災で焼けてゆくのを眺め、
涙をこぼした名古屋人は多かったようで、
河村市長のお母様もそのひとりだったとか。

で・・・河村市長は、文化財たる天守を目掛けて
爆弾を落としたのは、ハーグ陸戦条約違反だ!
と言っていましたね。
WW2後に、1954年ハーグ条約が結ばれている
ことを考えるに、不十分なものだったのでしょう。

それをいうなら、わたしが愛してやまない
岡山城や広島城、それから大垣城、和歌山城、
福山城、仙台城、首里城・・・太平洋戦争で日本人が
失った城はたくさんあるのです・・・

焼けることがわかっていたわけではないでしょうが、
名古屋城には詳細な実測図があります。
冒頭で写真をアップしたやつですね。

1932年(昭和7年)に実測され、実に279枚にも
及ぶ膨大な図面。普段は小天守内に
保管されているそうよ。

宝暦年間に修理された際には、天守がかなり
傾いていたそうですが、それでも1894年に
中部地方を襲った濃尾地震でも、倒壊した櫓はあっても
天守はまったく崩れることがなかったそうです。

さて、続いては名古屋城の現況説明。

■名古屋城のあゆみと現状、整備に向けて

1. 名古屋城のあゆみ

そうそう、名古屋城も二条城と同じで接収された後、
名古屋離宮として、皇室財産だった時期があるんですよ。
その割には、あまり皇室の菊花紋を見かけないなぁ・・・

戦災で焼けた天守、実は二条城のように
徳川葵ではなく、菊花紋?だったのでしょうか。

あと、名古屋城が特別史跡に指定されている領域は
本丸・二の丸に加え、三の丸を囲む濠跡。
あわせて約50haの広さになります。

名鉄瀬戸線の東大手駅付近から、南に下り、
外堀通りを西に進み、愛知県図書館から北へ、
そのまま本丸に連なる部分が、外堀跡のようです。

確かにGoogle Mapでみても不自然に
建物がないように見えるのも、特別史跡だから、
なんでしょうねぇ。

しかも、名古屋市が所有するのは、
本丸・御深井丸・西の丸。二の丸は財務省、
そして本丸を囲む濠は、文部科学省の管理下。
いろいろ複雑に入りこんでるんだなぁ・・・

2. 各城の入城者数と名古屋城

なかなか興味深かったのが、城ごとの入城者数。
2010年度のデータだけど、トップは167万人で
なんと首里城なんですねぇ!

第2位が、わたしが城主を務めてまいりました
京都・二条城で157万人。

続いて、第3位が名古屋城。152万人。
第4位が熊本城144万人。第5位は大阪城137万人。

ちょっと、姫路城がかなり落ち込んでいるので、
そこはフェアではないけど、熊本城が意外と
少ないなぁ・・という印象。遠いから?
熊本城、あんなにすばらしいのに・・

でも、熊本城400年祭のあった2008年は
本丸御殿ができたこともあって、222万人を
突破する勢いだったみたいですがね。

あ、この記事名古屋城でしたね・・・閑話休題(笑)

3. 整備計画

熊本城が特に櫓の復元整備に力を入れている
感じはしますが、名古屋城ではなんといっても、
2017年完成予定の本丸御殿が目玉。

総工費150億円、うち50億が寄付。
第1期の玄関・表書院は、2013年度にまず公開予定。
この段階でまず行くんだろうな(笑)

復元模写されているされているあたり、
二条城と同じですなぁ。

そのほか短期施策では、本丸西南隅櫓の修理、
復興天守の耐震工事、表二之門修理・・など、
基本的には修理ばかりだなぁ。

長期施策として、本丸表一之門や東一之門、
本丸多門櫓、東北隅櫓復元・・などが
視野に入っている模様。

短期施策がだいたい15年以内に着手するもの、
という定義なので、長期施策はわたしが
生きてる間に着手されるんだろうか・・・てな
タイムスパンになりそう(汗)

4. 天守の木造復元

で、木造復元の話。五層五重の徳川天守の
セオリー通りの大天守。史上最大・・って
言ってるけど、これは創建当時の話。

このあと、江戸城元和度・寛永度天守が竣工。
これは名古屋城天守をよりも大きいはず。
いかんよ・・いくら威張りたいからといっても。

木造復元の課題だけど、

・建築基本法
・バリアフリー法
・消防法/名古屋市火災予防条例

あたりが法令上の課題。前二つは適用除外認定を
受ければ、建築できそうだけど、
消防法がけっこうネックだなぁ、と。

もちろん、これはこれで大事なのだけど、
単純に消火・警報・避難設備をつくったり、
消防隊進入口を設置したりすると、
史実どおりにならない・・というジレンマ。

木造で高層建築ということで、避難時の
安全確保が・・との話もあって。

こればっかりは・・・いざというときは
しょうがないくらいの気持ちで、天守に上がる
しかないと思うんだけどな?

火災に対する安全性は、ここでの説明では
ネック・・とあったけど、次の片岡教授の説明で
詳しくあるので、ここでは割愛。

地震には、濃尾地震で天守が健在だったことや
江戸城天守の講演でもあったように、
他で使われないような太い心材が使われることで、
ものすごい耐震性があるとは思いますけどねぇ。

石垣もなかなか気づかないけど、はらみがあるようで
天守再建となると、積み直しがいるかもとのこと。

木材調達。これがかなりネックだと、
説明されていて、大径木の木曽檜はあまり市場に
出回らず、非常に調達難ということで・・・

もちろん、樹齢300年以上の大径木なので
普通はないと思うんですが、江戸城講演では、
広島大の三浦教授が50cmクラスの木材になる木々が
林野庁管理下の森林に豊富にある・・との話。

江戸城も名古屋城も復元するとなったら、
取り合いになるのかもしれないですが、
これを使えば、名古屋城だってできるんじゃ?
という気がするのですよねぇ。

一般市場から、調達しようとするから
困難なんであって、こういうときこそ国有林から
切り出すというのもアリだと思うんだけど。

ちなみに、名古屋城天守を史実に忠実に
試算した場合、342億円で工期は12年かかると。
外国材も使うなら、100億円減。

江戸城天守が500億くらいだと記憶しているので
まぁ・・・そんなもんかな?

最大の問題は、現天守をどうするか。
これはこれで、ぶっ壊すわけにはもちろん行かないし、
コンクリートの耐用年数は残り40年程度。

とりあえずは、耐震工事するにしても、
扱い方が難しい話です。

さて、この後さらにマニアック度が増す、
中部大学・片岡教授のお話です。
城好きなら響くと思うのですが・・(汗)

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »