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From That Day On...

タイトルは、Final Fantasy 6の世界崩壊後の曲のひとつ。

あの物語の世界も大きく変わったように、
地が振るえ、波が荒れ狂ったあの日から、
日本は大きく変わってしまいました。

建物がなぎ倒され、津波が街を包み込み・・
といった物理的なこともさることながら、
日本人の心のあり方の変わりよう、あるいは
変わったように見えることが、気になっています。

各地で頻発した震災瓦礫等々の受け入れ拒否。
川崎をはじめ、京都五山送り火など例を挙げれば、
枚挙に暇はありません。もう・・・何度も。

そして、被災地の方への差別。
科学的でない被災地産の食べ物の拒絶。
水の買いしめ・・・・

地震直後こそ、物の奪い合いをせず、
きちんと行列をつくって、秩序ある日本人と
賞賛されましたが、なんのこっちゃと。

結局、いざとなったら、自分のことしか考えない奴が
こんなに多いのかと気分が滅入ることもありました。

そして、そういう事例を見聞きするたびに、
否が応にも、生きるということの意味、
同時に死することの意味を考えずには
いられませんでした。

放射線を避け、震災に苦しむ人と被災地を忌避してまで
長く生きる意味とは何だろうかと。

ひょっとすると、日本人は命の大切さというものを
なぜ大切なのかを忘れてしまって、ただただ大切なもの、
理由もなく大切なものにしてきてしまっているのではないか?

命は、なぜ大切か。わたしは、命は可能性だから、
だと思っています。いや、思うようになりました。

今はつらいかもしれないけど、命があれば、
いつか楽しさや喜びを感じることができるかもしれない。

だからこそ、長きに渡って楽しい時間を過ごせたかも
しれない可能性を奪う殺人は罪が重いわけで、
若くして命を落とした方を偲んで、
人は涙しその死を悼みます。

命は、充実する人生を送るためにあるものです。
命永らえることが目的ではない。手段です。
とても貴重で崇高な手段。でも、手段なのです。

もちろん、わずかな放射線でもこれからを担う、
小さな子を蝕むことは事実。だから、世のお母さま方が
気を揉むことは当然でしょう。

だからといって、むやみに不安を増大させられたり、
非科学的な言説に惑わされて、楽しく充実して
生きることを忘れて、不必要に放射線に怯え、
正しい知識を理解しようともせず、進んで絶望に
打ちひしがれて生きてはいけないのです。

特にお子さんがいらっしゃる方。親の背を見て、
子は育つはず。親が充実して楽しいときを
過ごせていないと、子供にとっても不幸になると思います。

ましてや、こんな時期に子を産むなんて非難したり、
あなたたちはもう子供を埋めないのだと脅すなど・・・
本当に許せなかった。恐怖による思考停止がここまでとは。

わたしは、そのような人道に悖る振る舞いをして、
自分の人生に、自ら汚点をつけるようなことはしたくない。

たとえ、それによって死すことがあろうとも、
苦しむ人を蔑み、忌避することなく、心のなかで、
寄り添いながら生きていけたことに誇りを感じるでしょう。

わたしは、いつもと変わらずよくばりに、
楽しく充実した人生を送るように生きていきます。
自分が楽しくなくっちゃ、人を楽しくできないもの。

そして、いつものように東北にも
訪れたいと思います。

なんだか、うまくまとまらなかったですが・・・・
さぁ、あと少しであの時がやってきます。

犠牲になった多くの御霊に祈りを。
被災地に生きる未来ある人々に希望を。
手を差し伸べてくださった世界の皆さまに感謝を。

Spirit of Unity 絆で・・・献杯。

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