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2011年9月

夏の西日本・城と酒に溺れる旅 … 竹原(3)

さて・・・いよいよ、蔵の中に潜入!
最初に見えてくるのが、醸造用井戸。

P1000126

仕込み水や米を洗う水など、現在の竹鶴の製造に関わる
一切の水をこの井戸水を水源としているそうです。

蔵の中にも、石組みで手掘りで掘った古い井戸は
あるそうなのですが、掘りが浅い井戸は、
生活排水が流れ込んだりするなど、
水質が悪化しているそうなんですね・・・

酒づくりは水が命、ということで、
心機一転、地下126mまでボーリングして、
掘ったのだそうです。

ちょうど、西方寺普明閣の建つ崖の真下に当たり、
竹原市街の砂地の堆積層と、この崖(岩盤)との接点。

砂地を掘った井戸は、当たり前ですが、
水が沁みやすく容易に湧き出ますが、
岩盤に向けて掘った場合、水脈に当たるまで、
からっきし水は出てこない・・・

ということで、水脈に当たるか否か、
いささかギャンブルのような試みだったそう。
井戸掘り屋さんの見積もりでは60m。
実際には、倍以上掘ったわけですね。

ただ、100m以上も地下の水脈で、
地表近いところの水質が悪化していたとしても、
まぁ、しばらくは水の心配はないかな、と。

これだけ深くなると、そこらへんのポンプでは
吸い上げることはできず、底に細長い
水中ポンプを据付け、このタンク内の圧力で制御。

P1000127

圧力が下がったら汲み上げ蔵の各所に
水を供給し、必要量の水が吸い上がって、
タンク内の圧力が上昇したら切れるような仕組み。

水質は、超軟水。呉、安芸津、竹原といった
あたりは軟水地域だそうで、西条よりもさらに軟水。

実は、軟水って酒造りが難しいらしく、
腐りやすい酒だったのだそうです。

転機は明治末期。広島杜氏の父と言われる、
安芸津の三浦仙三郎氏が、軟水醸造法を確立して、
広島の酒が更に飛躍したんですね。

ミネラルが少ないと、酵母の働きが低調になり
発酵がなかなか進まず・・・ということで、
アルコール分が少なく、それだけ腐りやすかった、
ということなのかもしれません。

軟水には、軟水の性質に沿った酒造りを
することが大事。いくらよい米を使っていてもダメ。
水のチカラ、米のチカラ、それぞれが持つ自然の力を
如何に発揮させる酒造りをするか・・・
これが、石川さんの酒造りの大事な点だそうです。

こちらは、酒米の稲。主に観光客やイベント時に
実際に使用している酒米を展示する為に、
一本苗で様々な品種を植えてられるようです。

P1000129

さて、いよいよ蔵の中。わくわく。

P1000130

竹鶴酒造さんでは、白米を洗うところから
仕事が始まります。あれ?精米は?

数%しか削らない食用米とは違い、
酒米の精米は、かなり削らねばなりません。

削らない品種でも精米歩合70%程度にまで、
かなり削る大吟醸で40%まで削り込み、
柔らかい組織だけにしていくんですね。

この精米工程、もちろん自家精米している
酒蔵もあるそうですが、酒米用精米機ってかなり高額。
標準クラスでの2,000万円程度、さらには
精米するための技術者も付けておかなくちゃいけません。

ということで、中小の酒蔵ではコスト的に
見合わないということで、専ら委託精米。
西条にあるパールライスの精米工場で精米され、
竹鶴酒造に入荷されてきます。

なんだか、ウイスキーの世界でも専らモルティングは、
モルトスターに任せて、スペックを指定して
麦芽の状態で入荷する・・というのに、
どこか似ているかもしれませんね。

水に浸しておく・・のは、食用米も酒米も
同じではあるんですが、かなり磨きこんであるので、
中心の柔らかい組織だけになっていて、
吸水のスピードがものすごい速いんですね。

ちょうどいいくらいの含水に留めるための
限定吸水する加減が、杜氏さんの技術のひとつ。

ストップウォッチ片手に、30秒単位で見極め。
引き上げ始めから、引き上げ終わりまでに
吸水する水分量も勘案しつつ、絶妙のタイミングで
引き上げていきます。

で、こうして洗った米を翌日蒸していきます。
こちらは、酒米を蒸す釜場。

P1000133

イヤに小さな蒸し器(甑:こしき)がひとつ、
ぽつーーーーんとしておりますが・・・

その昔、大きな釜が鎮座しており、火を焚いて
蒸していたそうな。その際に煙の抜ける
煙突のあったそうです。

ですが、今はボイラの蒸気で蒸すため、
釜も撤去、煙突もなくなってしまいました。

・・・が、呼び名がないので、
未だに「釜場」と呼ぶそうです(笑)

この釜場で、米を蒸す作業は、
朝早くから行われ、あたりは蒸気でもうもう。
その蒸気が、冬場にはもくもくと酒蔵の上を漂い、
酒づくりの町の冬の風物詩にもなるんですね。

こうして蒸した酒米から、麹米と掛米ができますが、
この後の4段階の工程、すなわち酛(もと)、
添(そえ)・仲(なか)・留(とめ)のすべてで、
麹米・掛米が必要で、それぞれに適するように、
8種類を造り分けなくちゃいけないのです。

これ、ひとつの甑をつかって同時進行で
蒸していくんですよ!

初心者が見ても、どれが何用の何米なのか、
点でワケが分からない・・とか。
若い衆も最初は戸惑うポイントなんですって。
・・・そりゃ、そうだわ(笑)

こちらは、麹室。デンプンを糖に変える
麹菌を育む麹米をつくります。

P1000138

繁殖しやすいよう、暖かく(暑く?)していて、
何度も出入りすると風邪を引きやすいんだそう・・・

どんなお酒も、糖分を酵母がアルコールに変える
「発酵」という仕組みを使っているのは共通で、
原材料や発酵のさせ方が、それぞれ違っています。

ワインなら葡萄に含まれるブドウ糖。
潰して発酵させればワインになりますね。

ビールなら二条大麦。ただ、麦そのものは
糖は少なくデンプンばかり。

麦が芽を出して成長する際には、酵素を出して
デンプンを分解して糖に変え、栄養素として
成長しますが、これを横取り(笑)するのが
ビールの製法上、糖を得る方法。

では、日本酒はどうか。もちろん、原料は米。
こちらもデンプンを糖に変えてやらねばいけませんね。
ここで酵素の登場するわけですが、この酵素を
麹菌につくってもらいましょう、というわけです。

もちろん、麹菌にとっては自分の成長のために、
分解酵素を出し、様々な糖分をつくるわけですが・・・
その種類も多いし、すごい量。

この種類と量の違いが、麹菌の違い、
ひいては酒質の違いへとつながっていきます。

ちなみに、ビールも日本酒もデンプンを分解して、
糖を得るところは同じですが、酵素量が
圧倒的に麹菌のほうが多いため、
得られるアルコール量もかなり違ってきます。

ビールは、5%から多いものでも10%程度。
日本酒の場合、アルコールを添加しない
純米酒でも度数が20%を超えるような酒ができることも。

石川さん曰く、醸造酒の中では、
世界一度数が高い酒・・世界最強!!!
なのだそうです(笑)

しかも、いろんな酵素・・のなかには、
デンプン分解酵素だけではなく、
タンパク質分解酵素もあれば、脂肪分解酵素も。
そして、その分解の仕方も様々・・・

酒の特性とは、複雑さな味わいにあり!
とおっしゃいます。ただ甘い、ただすっきり・・・
それは、酒本来の味わいじゃないと。

一口にどうと表現しきれない・・のが、
本来の日本酒。これ、けっこう衝撃的なコメント。

変化の幅でいうと、ウイスキーが圧倒的だ
とは思いますが、日本酒もそうなんだ・・・。

石川さんは、ワインの世界と違って、
ソムリエに相当する職業がない理由として、
日本酒は、どんな料理にも合わせられるから、
と考えます。必要がないんだと。

ま、その是非はいろいろ議論はあるでしょうが、
日本酒はそういいたくなるほどの、
懐の広い酒ということなんですねぇ・・・

長すぎるので、切りましょうか(笑)
蔵の2Fに上がり、石川さんのお話が続きます。

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夏の西日本・城と酒に溺れる旅 … 竹原(2)

さて・・・特別講座に参加しまっせー!

タンク前に並んだ「竹鶴」たち・・・
もちろん、試飲は最後のお楽しみ!

P1000124

こちらの看板は、映画のセットで使われたものを
後に譲り受けたのだそう。

P1000122

竹鶴友三さん・・とは先代の社長さん。
なかなかウィットの利いた方のようで・・というのは、
また後ほどご紹介するとして。

今回のお話は、竹鶴酒造を背負って立つ、
名物杜氏の石川達也氏。ゴジラ松井に似ている?
とよく言われるそうで、酒モアイだとか、
酒造界の大魔人と呼ばれてるそうな(笑)

わたしが参加した回は、最終回だったのですけど、
これまで3回のお話、2時間の予定通りに
いずれも終わらないという語り好きな方!
でもいらっしゃいます。

せっかく竹原に来てくださったのだから、
という石川さんの心遣い、ですね!

ということで、まずは見学前の石川さんの
お話から振り返ってみましょう。

■なぜ酒蔵が観光キャンペーンの目玉なのか
 ~ 竹原の魅力

この特別講演、JR西日本がやっている
7月~9月までの「尾道・三原・竹原キャンペーン」
の一環として、開催されているもの。

で、なぜ酒蔵の講演がキャンペーンの
目玉になるのか・・ということを通して、
竹原と観光を考えます。

そもそも、観光とは何か。何を「観」に行くのか。

ある人は、自然や街並みといった風景を求め、
またある人は、その土地の歴史に触れようとし、
またある人は、その土地でしか堪能できない、
美食を求めることもあるでしょう。

酒蔵とは、そのどの要素も兼ね備えている
観光資源なのだ、と石川さんはおっしゃいます。

例えば、風景。竹鶴酒造の場合は酒蔵そのものは
外からはあまり見えないですが、外の構えは、
竹原の「町並み保存地区」の重要な要素として、
魅力的な町の風景を形成していますよね。

そして、歴史。100年以上続いている企業を
集めた本というのがあるそうで、職種別に見た場合、
ダントツに多いのが酒造業だそう。

それはまさしく、歴史に触れることになるわけで、
観光の中心とまではいかないにしても、
観光の重要なポイントとして、酒蔵が位置づけられるのも
なるほど・・という感じです。

もちろん、酒は飲んでナンボ・・・
地酒ということは、まさしくその土地その土地が
育んだ味なわけで、大きな旅の醍醐味。

さらに、同じ歴史を感じさせる観光資源であっても、
酒蔵の場合は多くが現役、つまり「生きた」資源。

しかも、竹原の場合は、町並み保存地区全体が、
今もなお人が住んでいて、生活は営まれていること、
別の言い方をすれば、見せるために保存しているんじゃない、
という点が、竹原の町の大きな魅力・価値があるんですね。
人の生活の匂いがする・・古い町。

竹鶴酒造さんも創業278年。278年前というと、1733年。
時は享保年間、徳川吉宗の享保の改革の頃です。

母屋も250年くらいは経っていて、そのまま
使っているそうですから、歴史は古いですね。

■竹原の歴史(1)~製塩業と酒造業

竹原の印象・・・古い町並みが残ってるのは、
まぁ、そうなのですが、特段大きな街でもなく、
要するに田舎町でしょう、と。

・・・ま、現在の町並みを見る限り、
そうなのですが、昔は非常に栄えた町だったそうです。

栄えたワケのひとつが、歴史民俗博物館にも
掲示してあったように、製塩業の発達。

JRの竹原駅を中心とする、現在の竹原市街は、
すべてかつての塩田で、町並み保存地区の
あたりのみが、町だったんです。

歴史を紐解くと、だいたい解るんですが、
江戸時代以来、塩は専売の対象となっていて、
幕府や藩、明治維新後(1906年~)は政府の貴重な財源。
塩の専売が廃止されたのは、ごくごく最近の1997年。

ということを見ても解るように、取りすぎはダメなものの、
塩は人間になくてはならないものであり、
また、かつては貴重なものでもあったのです。

昔の製塩業は、海水を煮詰め、塩田でひたすら乾かして、
つくっていくわけで・・・

・海水を入手しやすい海のそば
・海水を乾かせる海抜が低く、かつ広い土地
・日照時間が多く、雨が少ない

という条件が必要になってくるわけですが、
竹原は良い条件が揃っており、赤穂と並ぶ塩の産地
として、繁栄したのだそうです。

広島藩内はもとより、藩外にも出荷されて、
大いに潤ったそうです。

そして、塩を特産物として全国に出荷して得て、
次に取り組んだのが酒造業。

実は、竹鶴家(という姓は明治になってから)も
元は製塩業を営んでいて、江戸中期になって、
酒造業に転業したんですね。

あまり広くないこの竹原の町に、
大正末期の時点ですら、造り酒屋が23軒も
ひしめき合っていたそうなんですね。

酒屋のほか、醤油・味噌の醸造も行われていて、
(その名残が先ほどの醤油屋さんなんでしょうね!)
醸造業の一大メッカになって発展したわけです。

■竹原の歴史(2)~酒造りと輸送手段

ですが、今広島の酒処というと、西条を
挙げる方が多いのでは・・・ということですが、
かつては、ここ竹原が広島の酒造りの中心。

生産量や酒造メーカの数、規模・・・
どれをとっても、いまや西条が現代において、
広島の酒造りの中心であることは、論を待ちません。

では、なぜ竹原はその地位を西条に、
譲らねばならなかったのか・・

酒造りの条件として、すぐに思いつくのは、
水がいい、気候がいい、良い米が手に入る・・・
などということが挙げられます。

が、忘れてはならないもう1点。
それが、輸送手段。

先の3つが、いずれも酒質に関わる点だったのに対し、
輸送手段だけは、現代的に言うと、
サプライチェーンに関係するものです。

原材料である米、製品である酒。
どちらも重くて嵩張り、運ぶには厄介な代物。
ゆえに、輸送する手段を持っていないと、
酒造業は発達しないんですね。なーるーほーどー。

この話を聴いたとき、すぐに久光さんの、
竹鶴翁が余市を蒸留所に選んだときの条件
お話になったくだりが思い浮かびました。

キチンとその中に「鉄道の便ある所」と
挙げられていますね。

これ、違った解釈をすると、あくまで
酒を造る場所は、酒造りに適した場所で
行うのが前提であり、だからこそ、
消費地に対してどう運ぶかの手段をきちんと
確保することが重要なんだ、とも読み取れます。

壽屋の鳥居信治郎は、工場は消費地に近い
ところに建てるべきだということで、
北海道を推す竹鶴政孝と対立し、
結局、大阪郊外の山崎に蒸留所を建設することに
なるわけですが・・・

この時の竹鶴翁の考え方と、近しいところが
あるかな・・と思います。

で、閑話休題。

竹原が栄えた理由のひとつとして、
製塩業を支えた海のそば・・という立地が、
酒造業でも、海上輸送というカタチで、
大きく寄与したんですね・・・

他にも、例えば日本有数の酒処である灘は、
西宮港から江戸に向けて、大量に出荷されたそう。

そして、この栄えた理由がそのまま、
竹原が西条へ、広島酒の覇権を譲らねばならなかった
理由へと直結するのです。

つまりは、輸送手段の世代交代。

新たに山陽本線が開通し、主要な輸送手段が、
船による海上輸送から鉄道輸送へと切り替わると、
山陽本線の利のある西条がのし上がり、
逆に竹原は取り残されて、衰退を始めた・・と。

なので、西条はかなり酒処としては、
新しいところで、他の酒処にはない特徴があって、
かなり、酒造メーカが密集しているそう。

これは、西条駅から貨物鉄道で出荷するため、
駅の周辺に寄っていったから。

かつては、昔の旅行会社が発行している地図にも
「灘より西では一番の酒処・・」と称されたほどの
竹原が、昭和に入ってからあっという間に、
その地位を奪われていくのでした・・・

その地図が掲載されている大正末期、
年間生産量は、23軒合わせて約1万5000石。
現在は3軒しかありませんが、3,000石程度。

P1000124

ちょうど、ここに見えるタンクが100石。
1石=180ℓですから、100石=18kℓ。
わぁ・・・ものすごい量です。
23軒あったとはいえ、現在と比べると、
機械も満足にない手づくり、ですからね・・・

今、竹原の町を歩くと、残っている建物にも
余裕があるというか、なかなか贅を凝らしたつくり、
だったりしますが、そういうこともまた、
かつての竹原の栄華を物語る証人なのでしょう。

ということで、竹原の歴史と魅力を
理解したうえで、実際に蔵の中を案内していただき、
いよいよ、酒造りの現場に向かいます。

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夏の西日本・城と酒に溺れる旅 … 竹原(1)

さて、呉を出て呉線を東に。
休日のみ走っている瀬戸内マリンビューで。

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車両自体は古めだけど、車内にカウンター席があったり、
インテリアもなかなかおもしろくて。

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ただ、天気は非常に微妙・・
せっかくの瀬戸内の眺めはがっくりしちゃう
くらい見事な曇天。

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途中で土砂降りになって、どないしょうかな・・
と思いましたが、竹原に着くころには、
止んでくれました。

竹原・・もちろん、目的はココ!
竹鶴酒造さん!

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ニッカラヴァーズには、当たり前すぎるくらい(笑)
当たり前ですが、「竹鶴」の名前の通り、
ニッカ創業者・竹鶴政孝翁の生まれ育ったところ。

駅にもニッカの看板が!

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竹原という地名は、もうそのまんまで、
竹のある原という説があるほど、竹に恵まれたところ。
ということで、マンホールも竹。

P1000062

竹もあちらこちらで見ることができ、
ほんとに竹の街なんだ!という感じがすごくします。

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しょ、醤油醸造所!すっごい気になっちゃいますが、
なんか見学はなさげな雰囲気・・でした。

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橋の欄干には、かぐや姫。
竹取物語そのものとの関係は・・という感じだけど、
まぁ、竹つながり。走るバスも、かぐや姫号。

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道の駅・たけはらに、先ほどの醤油醸造所で
つくられた醤油が!でも、小さいので500mlで、
あきらめた・・それでなくても、醤油多いのに(笑)

P1000069

あっちゃこっちゃに竹。
もう・・・竹にまつわるものばかり(笑)

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ちょうど、この日は竹原住吉まつりがあるようで、
祭りを控えた準備がされてました。

P1000071

で、一本奥に入って、町並み保存地区。
あ、これって竹鶴酒造の母屋だよね・・・!?

P1000072

こんな感じの風情ある町並み。
あぁ、こういうの大好物ですぅ・・(笑)

P1000075

珍しく、石瓦の民家もありました。

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竹鶴酒造さんに、とーちゃく!
屋号は小笹屋さんといいます。

P1000081

わぁ、ちゃんとニッカと竹鶴翁のことも
書いてくださってますよ。

P1000082

ちょうど、到着がお昼時で、
休憩タイム・・仕方なくどこかで時間を潰すか、
と隣の母屋をのぞいてみると・・

な・・なんと!
「竹鶴酒造杜氏特別講座」ですとぉ!

P1000083

い、今からでも参加できますか!
と鼻息荒く受付の方に尋ねてみると、
いいですよー♪とのお返事、イヤッホゥ♪

2時間以上みっちりと、講義を頂けるとのことで、
当初予定していた、うさぎの島・大久野島へ渡ることは諦め、
講義開始まで、あたりをぶらぶら・・

町並み保存地区・・というだけあり、
○○邸という年季の入ったお屋敷が多数。
こちらは、松阪邸。

P1000084

お店の店先にもさりげなく竹。
ほんとに竹の町。

P1000087

しょ、醤油醸造場!またもや!
け、見学させてくれるのかなぁ・・・

P1000089

この醤油醸造場、「時をかける少女」にも
出てくるのだそうで・・知ってる人にとっては、
あぁ、あの!というところなのかもしれませんね。

お隣は、同じ「堀川」さんが営むカフェ。

P1000088

竹鶴酒造の酒粕をつかった、
酒粕アイスとかあって、めっちゃ惹かれるんだけど、
時間的に微妙で、敢えなくパス。

ま、この時点で、竹原へまたいつか
行きたいと思っちゃってるので(笑)、
また、次来た時のお楽しみにしておこうかと。

旧竹原郵便局。ちょっとこのあたりで、
雨がぽつぽつしだす・・

P1000091

旧村上邸(現・竹楽)。

P1000095

起くり(むくり)屋根がいい感じ♪

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こちらのお店は、竹にまつわる
様々なものを売っていて、軒先には竹細工。

P1000096

ここくらいだったらいいかな?
ということで、竹原市歴史民俗資料館をお邪魔。

P1000099

休憩できるベンチもやっぱり竹!

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江戸時代には製塩業で栄えた竹原。
しかし・・パネルが古いなぁ(汗)

P1000103

竹鶴翁の写真。改めて正面写真を
見ることって、意外とない気がするのだけど・・・

P1000107

柔道をされていて、がっしりした感じということと
合わせると、実際にお会いしたら、
すごく圧倒されそうな、雰囲気を感じます。

もうひとり、竹原が生んだ有名人、
池田勇人元総理。実は、竹鶴翁の忠海中学
(現・忠海高校)時代の後輩。

P1000110

竹鶴翁と池田総理。

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中学時代は、竹鶴翁の布団の上げ下ろしだった
という池田元総理。交流は長く続き、総理在任時には、
国際的なパーティには、国産(ニッカ?)ウイスキーを
出すように指示していたという逸話も。

・・・てか、この竹鶴さん、なんとなく、
蒋介石に似てる気が・・そんなことない??

竹原市にある史跡・鎮海山城跡。
かの村上水軍を率いた村上元吉の墓があるとか。

P1000116

村上元吉・・というと、第一次木津川口の戦いで、
毛利方として参戦し、織田水軍を叩きのめしたことで有名。

で、この敗戦は織田方に、鉄板を張り固めた
火に強い鉄甲船を開発させることになるわけですね・・

えー・・現代が1960年で止まってます!
どこが現代(笑)もう半世紀経ってますぜ!

P1000117

さ、そろそろ時間。
竹鶴酒造さんに戻りませう。

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夏の西日本・城と酒に溺れる旅 … 呉

さて、二日目は呉からスタート。

まぁ・・・城でも酒(まだ出てきてない)
でもないのだけど。

呉に降り立ったことはけっこうあるのに、
一度も行かないのってのは・・
ということで、大和ミュージアムに少しだけ。

で、ここからはDMC-LX5での撮影になります。
やっぱり、画質はよくなった気がするなぁ。

P1000003

そばには、海上自衛隊呉史料館、
通称「てつのくじら館」。ちょっとこちらは、
時間がないので、パスしちゃいましたが、
これはこれで、おもしろそうです。

P1000005

さて、大和ミュージアム。
大和・・もちろん、戦艦大和です。
大和はここ、呉で造られたんですね。

大和の1/10模型。1/10とはいえ、
ものすごい精密に造られていて、ある意味こういうの、
日本的というか、日本人好みというか。

P1000044

そんなに興味の守備範囲としては、
カバーしてるわけではないつもりなんだけど、
その完成度の高さには、圧倒されます。

P1000009

少年工として海軍工廠で働き、
戦後は造船所で長らく造船業に携わってきた
棟梁が、木甲板のわずかな傾斜とうねりを
この1/10の模型で表現するのに、
苦労されて製造されたそうで・・

P1000011

匠の技と職人気質。日本人って、
こういうのが得意だし、また好きなんですよね。

こちらは戦艦長門の旭日旗。
なんでも鑑定団に出品され、石坂浩二が買い取り、
大和ミュージアムに寄贈されたそうな。

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呉の歴史は、海軍の歴史。
東の鎮守府は横浜、のち横須賀に置かれるが、
西の鎮守府として、静かな村だった呉が選ばれる。
これが、海軍の街・呉の始まり。

P1000017

それまで何もなかったところが、急速に大発展。
市電までできちゃった。

P1000018

戦艦金剛に搭載されたボイラ。
当時のものなのか、近代化産業遺産指定。

P1000015

戦艦大和の話。当時軍縮条約の期間が切れ、
軍縮からまた軍拡へ・・という兆しのある中、
米英に悟られぬよう、大和建造は超極秘に
進められたそうで・・

P1000022

建艦予算も全体像がわからないように
カモフラージュされ、名前も仮称のままだったり、
呉線に目隠し塀を設置、列車には憲兵が添乗・・
と機密保持が徹底されたとか。

却って怪しい気もしないでもないけど・・・

ここで培われた技術力は、戦後も無駄にはならず、
新幹線の研究や造船に活かされるんですね。

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小説で有名になったという、当時21歳の
臼淵大尉のことば。

P1000024

 進歩のない者は決して勝たない
 負けて目ざめることが最上の道だ

 日本は進歩ということを軽んじ過ぎた
 私的な潔癖や徳義にこだわって、
 本当の進歩を忘れていた

 敗れて目覚める、それ以外にどうして
 日本が救われるか 

 今目覚めずしていつ救われるか
 俺たちはその先導になるのだ

 日本の新生にさきがけて散る
 まさに本望じゃないか

実際、臼淵大尉のこの発言は、
有名となるきっかけになった小説の原作者が

「当時大和に乗り組んで戦死した有名・無名
(あるいは作者自身)の若者の意見や気持ちを、
作者と親交のあった臼淵大尉の口を通じて表現したかった」
 (Wikipedia

という想いで創作したのでは、という見方も
あるみたいなんですけどね。
でも、実際どうだったかではなくってさ・・・

これを読んだとき、どうしても
原発の暴走を防がんと作業に当たって下さってる
方々のことを思わずに入られなかった。

進歩だと思っていた、それは極私的なエゴや
虚栄心が生み出していた偽りの進歩。

最悪の事態に遭遇し、頭をぶつけないと
気づけない・・・そして、その先導となる覚悟。

日本は、一度頭をぶつけたはずだった、
そして、眼が覚めたはずだった・・

あれから、66年。戦争とは違うけど、
池上さんが「失敗の構造」と指摘しているような、
同じ過ちを繰り返していたなんて。

不覚にも、涙を零しそうになります。
申し訳なくってね。こんな覚悟を持って、
後世に託してくださったのに。

経済成長を成し遂げて、有頂天だったのか。
喉元過ぎれば、熱さを忘れてしまうのか、
二度も痛い目に遭わないとわからないのか・・・

私的な潔癖や徳義、今回の「人災」、
まさにこれですよね。つまらない虚栄心で
塗りかためられた神話。

そんな想いを載せた戦艦大和。
今は海底にこんな風に沈んでるそうです・・

P1000025

引き上げられた遺品の中に、
酒瓶やビール瓶。
そりゃ、飲みたいときもあるよね・・

P1000026

人間魚雷。いわば、海の神風特攻隊。
トップダウンじゃなく、ボトムアップなんだ・・

P1000028

そして、終戦。
最後の呉鎮守府司令長官・金澤正夫中将の
ことばも身に沁みる。

 前途洋々、精励辛苦されよ。
 日本は必ず再建発展する

戦後の、尼崎製鉄呉作業所のパンフ。

P1000031

呉海軍工廠の技術力の高さは、
その名前が技術力の証明になるほど、
高いものだったんですね。

呉には、戦後駐留軍による
軍政部が置かれ、占領政策を監視。

その軍人たちを相手にしたであろう
Barがたくさんできたのだとか・・

P1000035

今でもこういった老舗のBarが
残ってたりするのかな・・いずれ探してみよう。

最後に復元された、零戦の展示を見て回る。
純粋にカッコいいなーって思います。

P1000037

いろんな角度から撮れるのも、
けっこうウレシイポイントだったりしますね!

P1000039

でも、なんかトンボっぽいというか、
虫っぽい、もっと言うなら、
ゾイド(知らない?)っぽいね。コクピット。

P1000042

さて、1時間くらいで出てきて、
呉駅から呉線に乗車。東に向かい、竹原駅。

・・・そこは、もうひとつのニッカの聖地であり、
竹鶴イズムの原点。

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夏の西日本・城と酒に溺れる旅 … 岡山

さて、岡山到着。

デジタルミュージアム・・先ほど凹んだ分を、
存分に取り戻してくれるくらい、楽しめました!

岡山城本丸復元模型。1:200。
以前は確か、岡山市役所に置かれていた?
という情報を知っていたんだけど、
デジタルミュージアムができて移動したのかな?

もちろん、写真撮っていいですか~の問いに、
おっけーのお返事。あざっす!

他にいろいろ展示してあるはず(笑)なんだけど、
約1時間、この天守模型に張り付いて、
写真ばっかり撮ってました。
えー・・相当ヘンな人だと思われているはず(爆)

でも・・・わぁ!見てみて、好きすぎる
岡山城が江戸時代の姿になってるぅ!
見たかったんだこれ・・・

P1250641

天守、いい姿してますなぁ・・・
絶対1/1天守は、このアングルから撮れないもんなぁ。

P1250685

こちらは旭川をはさんで、後楽園側から
撮ろうと思えば撮れる。
が、どうしても下から見上げる角度になっちゃって、
この高さからは撮れないんだよね・・・

P1250648

うわぉ、現存してない三重櫓!
こちらは、本丸下の段、南東側の旗櫓。
なかなか、天守を除いて三重櫓のある城は
少ないが・・やっぱりあるんだぁ。

P1250653

もうひとつ、下の段の三重櫓、
太鼓櫓とこれに連なる内下馬門。

P1250656

P1250655

なんだか、熊本城の櫓をイメージさせる感じ。
やっぱり、岡山城って豊臣系なんだな・・って。

大納戸櫓。本丸表向にあった三重櫓。
三重四階、岡山城内最大の櫓。

P1250660

沼亀山城天守を1601年に小早川秀秋が
移築したとのこと。元は天守なんだね・・・
飾り気は少ないが、道理で立派なわけだ。

別アングルから。建物がこれだけ並んでる中でも、
天守は別格として、存在感ばっちり。

P1250693

唯一、現存する月見櫓。
先ほどの三重櫓と違い、白塗籠なのは、
後世に建てられた櫓の証だとか。

P1250668

本丸本段、南部分。
下から時計回りに、干飯櫓、三階櫓、不明門。
このひしめき合ってる感が、たまらん♪

P1250674

他にもいっぱい撮った写真はあるんですが、
とりあえず自粛します(笑)
やー、撮った撮った。余は満足じゃ。

他にもいろいろ解説してくれるコンテンツも
興味深いものが多くって。
天守の実測図だよ?こちらは、東面。

P1250707

北面。こんな立派な復元に役立つ史料があるなら、
コンクリ造りかつ一部石垣を壊しちゃうような、
復元をせず、マジメな復元すればよかったのに・・・うぅ。

P1250708

さすがに、この実測図はなかったですが、
その他、現代の写真にこの模型を埋め合わせた
写真だとか、デジタルコンテンツにして販売してくれます!
1枚500円。高いと見るか、安いと見るか。
城好き、特に岡山城好きには激安です(笑)

そして、ペーパークラフト!
これまた、心を鷲掴みにされまくり!
「お城マニアのための」って書いてあるし!

P1250751

左が、戦前まで現存していた岡山城天守。
右が再建された今の岡山城天守。

P1250753

入り口が二つあるのが今のもので、
ここの石垣取り壊しちゃってるんですよね・・・
なんてことするんだい、まったく。

でも、屋根の色が微妙に青っぽい(これホント?)のが
ちょっと気になったので、再建版を購入。
・・・組み立ててないけど(苦笑)

P1250755

いやぁ、大興奮。
えー・・常人には、興奮する要素が
全く解らないと思いますが(笑)

もう、実際の天守いっか、見なくて!
いやいや、それはまずいだろうということで、
暗くなりつつあったのだけど、
行くだけ行ってみることに・・

だいたい、本丸からは決まったアングルでしか、
撮れないのだけどね・・やっぱ、いいなぁ♪

P1250762

実際に撮れるアングルだと、
南面を真正面から撮るのも、美しいかな。

P1250778

先ほど模型にもあった月見櫓。
これは、江戸時代からの貴重な建築遺構。
二層目に漆喰がないのは・・なぜだろう?

P1250784

一通り、撮り終わって、岡山城に来るたび
見かける猫を発見、ズームしようとすると・・・
電源が落ちる・・

何度やってもダメ・・・げ、旅先でLUMIX死亡?
な・・なんと・・まだあと3日もあるのに・・

*「なにやっとんねん」

うわぁ、猫にまでバカにしたような
眼で見られてる(そんな気がしただけ(笑))

P1250791

えーっと・・ズームできないので、
旭川越しの画がこんな感じになっちゃいまして・・
しょぼーーーーーん。

P1250803

てか、この先長いのに、これはアカン!
ということで、ビックカメラ岡山店に駆け込み、
前から気にしていたLUMIX DMC-LX5を購入。

ミラーレスは、型落ちのGF1が欲しかったので、
ここでは買えず、かといってこんな急にOLIMPUSに
寝返るような心積もりもできていない・・

もうちょっとちゃんと悩んで買いたかったのですが、
背に腹は変えられないですからね。

DMC-LZ10、旅先での無念な殉死・・・
しかも、岡山城を取り終えて死すとは・・
よくがんばってくれた・・・

一度、アキバで修理してカウンターが
最初に戻ったのですが、LUMIXって「P100+0+xxx.jpg」
というファイルネームが付き、xxxが999になると、
P100がP101・・と上がっていきます。

修理してからでも、すでにP125。
ということは、12,500枚程度撮ってるんですね。
修理前がP115だったので・・
約24,000枚という計算。撮ったなぁ・・
電池使えて重宝したんだけどね・・

まだズームしなけりゃ使えるので、
この旅では持ち歩きましたが・・もう引退でしょう。

ということで、本日のお宿。
お宿と言ってもね・・今回はケチケチ旅がモットー。
(すでにカメラ買ってる時点で大出費なのだが・・)

広島・呉の大和温泉物語で夜を明かす。
ここ、実は何度も利用しています。

なかなかキレイでしっかりしてるし、
安く夜を明かすには最適。
個人的に、夏にお風呂は入れないの、
絶対ムリなので・・・ね。

さて、翌日は呉。大和ミュージアムから
スタートしますよ!

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夏の西日本・城と酒に溺れる旅 … 姫路(4)

兵庫県立歴史博物館。

それだけだったら、まぁよくある博物館だよね、
っていう話なんですよ。

でも。ここには、現存十二天守の模型が
わんさかと、そして江戸城寛永度天守の模型
あるんですよ・・もう、それだけが見たくってね。

鹿島建設の看板。あ、東京駅の改修も
鹿島がやってんだ。すごいなぁ。

P1250572

およ?いきなり出てきた洋館。
なんじゃろな?

P1250573

これは、なかなか趣き深い・・・

P1250575

これ、姫路市立美術館。
元は姫路陸軍兵器支廠の倉庫として、
1905年に建てられ、戦後市役所として使われた後、
美術館として、1983年にオープンしたのだとか。

P1250592

うわうわ、こっちのほう来ないから、
ちっとも知らなかった!

こんな風に、天守と一緒に見えるようですね。
天守がお披露目された暁には、こちらのアングルからも
撮りに来ないとな~

P1250597

でも、今回は時間がないのでパス。
またの機会に。

で、兵庫県立歴史博物館。
「ひょうごの鉄道」という企画展をやってたけど、
すいません、全力でスルーさせて頂きました(m_ _)m

P1250598

入ってすぐ見えたのが、ドでかい姫路城天守模型!
今、修理中だからというのもあって、
かなりテンション上がります!

P1250603

かなり精巧で、まじまじと見ちゃいます。
が、誰も注目してない!なんでだ!

P1250607

ちょうど真横にエスカレータがあるので、
ちょっと斜め上45度(笑)から
撮ることもできちゃいます!

P1250632

ガラスでつくられた大天守もキレイだぁ。

P1250624

・・・姫路での楽しい思い出はここまで。
鉄道関連の展示を全力で(しつこい)スルーし、
ようやく天守模型を見つけ・・

こりゃ、すげぃ!と心の中で感嘆し、
とりあえず、ダメもとで写真撮っていいですか?
と少しお年を召した学芸員さんに
訊こうとしたそのとき・・・

なんかこう・・歴史好きオーラが出てたんでしょうかね?
あれ?歴史好き?どこから来たの?
から始まり、ずっとこの人のペースでしゃべりまくられ・・・

い、いや、静かに天守を眺めさせてほしいんだけど・・・
写真を撮っていいかだけ訊きたかったんだけど・・

ま、話の合間合間、ちらちらと天守観察。
(てか、まったく話聞いてない)

すべて1/50で統一され、如何に江戸城天守がバカでかいか、
その大きさも他の天守と比較することで判りやすい!

さすがに姫路という土地柄か、姫路城大天守その他の
天守隣ではなく、少し離れたところに
江戸城天守はあったけど。

なかなか精巧なつくりで、西ヶ谷さんが
おっしゃっていたように、江戸城の天守台石垣は
黒い安山岩。実に見ごたえがありますね。

そして、他城も立派。こうして一堂に会して、
精巧な天守模型を見る機会もそうそうないだろう、と。

せっかくだから、現存天守だけじゃなく、
復興天守や現在は見ることのできない天守たちも
揃えてほしいなぁ・・と。

えー、あなたいつまでしゃべってんですか?
もういい加減にしていただけません?

わたし、ノーと言えない日本人(笑)
ずるずると相手のペースに引き込まれ・・・

あ、やばい予定の滞在時間過ぎてる!
ちょっと、もうホントに帰して!

ということで、半ば強引に振り切り、
そそくさと博物館を出たのでした・・・

あぁ、もうダメ。予定狂いまくり。
18きっぷの旅は、綿密な計画と確実な実行が
大切なのに・・

本当なら、もっと早い時間に岡山に
着くはずが・・すでに岡山城は閉城の時間・・orz

が、岡山のもうひとつの目的地、
岡山市デジタルミュージアムは、18時まで!
ということで、こちらを訪問した後、
外観だけでも、岡山城を見に行くことに。

傷心のまま・・つづく(笑)

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夏の西日本・城と酒に溺れる旅 … 姫路(3)

さて、西の丸。西の丸というと、
千姫とセットになってきますね・・・

徳川千。徳川家康の孫、秀忠と江の娘。
豊臣秀頼に嫁ぎ、大坂夏の陣で夫を失った後、
戦火から救い出され、本多忠刻に再嫁。

忠刻と姫路で暮らした約10年、
彼女はこの西の丸・化粧櫓で過ごしています。

南西にあるワの櫓から入り、最後に
化粧櫓を見て出るのが、見学ルート。

ということで、白い漆喰がまばゆいワの櫓
からスタート!

P1250388

石段の上に通路や部屋はありますが、
櫓の内部に収まってるカタチ。

P1250398

監視カメラ。一応、木箱に入れて、
雰囲気ぶち壊し・・ってことがないように、
って配慮かな??

P1250399

雨水抜き。こんな細かい仕組みがあるんだ。
今まで素通りしてたなぁ。元は鉄製だったそうだけど、
腐食が激しいので、耐腐食性に優れた銅と錫の合金、
ガンメタル(砲金)に替えられてます。

P1250402

ヲの櫓を通過したあたりで、一変。
一気に木材が新しくなり、香りが変わります!

P1250406

ここでも漆喰の白さと経年による黒さの
対比が見られました。徐々にまた白く塗りなおすのかな。

P1250410

また、落ち着いたダークブラウンへ。
古い木造のこの香り、時間の助けなくしては、
つくれないのだろうね・・

P1250413

なかなかこのアングルも美しいかと!
たぶん、先に見えるのはルの櫓。

P1250416

なんか牢屋の門みたいな、ちょっと城内の人が
住むところにあるとは思えない門。

P1250421

これ、ここから先が千姫はじめとする
じょせいの住まう空間だから、こんなに頑丈な門で
閉ざしてあったんですね。男子禁制。

P1250430

さて、ここからは千姫を紹介するスライドが多数。

徳川千、1597年4月11日生まれ。
父方は、もちろん徳川家なのですが、
母が浅井江ということは、祖母は織田市なわけで・・・
千も美人遺伝子をしっかり受け継いでいたようで。

秀頼と結婚したのが、秀頼11歳・千7歳。
まぁ、政略結婚ですからそんなもんです・・・

大阪夏の陣で秀頼を失ったのが、1615年。
千姫18歳。坂崎直盛が千姫を救ったとされるものの、
江戸に戻る際に立ち寄った桑名で出会った、
本多忠刻に一目惚れしちゃう、千ちゃん。

千姫を救ったら、嫁さんにやると
家康おじいちゃんが言っちゃってたにも関わらず、
やだーやだー、忠刻さまじゃなきゃやだー、
とおじいちゃんにごねまくり、困った家康おじいちゃん、
しょうがねーなーと忠刻との婚姻を許します。

これに怒ったのが、件の坂崎氏、なんだとーーーと
桑名に向う千姫一行を力ずくで奪おうとして失敗、
自害しちゃった・・という話。

いろいろ、脚色はあるようですが、
家康に反抗するするなど、いろいろ当時としては、
異色だったようです。

で、その千姫が朝夕祈りをささげていたという、
男山天満宮の見える場所。

 千姫パワースポット!
 男山天満宮を待ち受けにして
 姫力アップ!

えーっと。もう、歴女に媚びまくりです(笑)
思いっきり腰が砕けてしまいました・・・

 もしかするとあなたの想いを
 千姫が届けてくれるかも!

えーっと。1日に何人ここに女性が来るんでしょうね。
妾(わらわ)に何をさせる気じゃ!という
ツッコミが聞こえてくるような・・わたしはヘンですか(笑)

さて、そんなこんなで化粧櫓です。
実は、こちらも天守修理中の特別公開です。

P1250440

千姫、娘の勝姫と百人一首に興じてる様子。
実は千姫、煙草をお喫いになるんだとか。
隣にある盆は、煙草盆。

あと、こうしてこの一角の櫓で
畳敷きになっているのは、この化粧櫓のみ。
忠刻に嫁いだ際に与えられた10万石の
化粧料で建てられたそうで。

化粧櫓からの眺め。

P1250444

さて、西の丸を菱の門横から出たら、
再度、天守方面へ。さっき抜かしてしまった、
リの一渡櫓方面へ・・

菱の門を右手に進み、三国堀を左手に見ながら・・
ここの石垣も修理中なんでしょうかね。足場がたくさん。

P1250461

P1250464

るの門。石垣の中をくりぬいたような、
石垣の中の門。

P1250465

もちろんこれは、有事の際に、
石を崩して埋めることを想定したもの。

ぬの門前の大きな石。ボランティアスタッフの方に、
顔が見えませんか・・と言われ・・
うーん、うーん・・あっ!

P1250472

ぬの門を抜けると、公開中のリの一渡櫓。
かなり年季の入った雰囲気が漂います。

P1250504

まず、櫓の前に歴代の姫路城大天守の鯱。
少しずつデザインが違うんですよ。ほぅほぅ。

江戸。

P1250477

明治。

P1250479

昭和。

P1250480

時代が下るにつれ、丸くなってる気がしますね・・
シャープな江戸時代のがいいなぁ。
顔つきもかわいらしい。

若干、ホラーチックな演出がされている
ヨロイご一行様(笑)

P1250488

これ見て、あぁアレねとわかったら、
立派な天守マニア。え・・なんだっけ・・うーん・・
あ!六葉か!

P1250494

これは、懸魚ですね~

P1250496

奥には、りの門。ここから北に上がっていくと、
先ほどの塩櫓につながる、への門。

P1250506

ここから先に進めば、天空の白鷺に連なります。

P1250510

このあたりは、大天守修理の部材の搬入口が
上のほうに聳えているため、歴史的な建物と
近代的な建築物が並存する、ちょっと変わった世界。

P1250511

右手にある帯の櫓あたりは、
修理中の間は立ち入り禁止となってます。

P1250522

帯の櫓と搬入口。今しか見ることのできない、
ちょっとヘンな取り合わせ。

P1250531

けっこう、ずとーんと延びていて、
無粋といえば、無粋だけど・・
ま、しょうがないよね。

P1250547

さ、もう帰ろうか。ということで、
菱の櫓まで戻ってきて・・屋根の上に、誰かが。

P1250556

トリミング中。

P1250554

この菱の櫓も、乾小天守同様の
黒漆と金の装飾がされているんですよ。要チェック。

P1250557

さて、この後は姫路城そばにある、
兵庫県立歴史博物館へ。
ここが・・・旅の日程が狂う原因になるとは・・

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夏の西日本・城と酒に溺れる旅 … 姫路(2)

さて、天空の白鷺の地上階で、
様々な展示を見て回りますよぉ!

最初は、このご時勢どうしても気になる
天守の耐震診断。2005年に診断された結果では、
24箇所の補強を施すことで、震度6にまで
耐えられる実力を持っているとのこと!

P1250264

実際に、床や壁を製作して実験したんですってよ。

ただ、もちろん国宝としての、また世界遺産としての、
高い文化的価値を持つ建造物だけに、
価値を損なわない補強が求められます。
まぁ、これは致し方ないよね。

P1250269

今回の修理を担当するのは、鹿島建設。
なかなかおもしろい動画や模型を出してくれてて。

まずは、天守やその他文化財を傷つけず、
足場と素屋根をつくっていく過程。

P1250272

こちらからWebでも見ることができます。
でもこれ・・失敗したら、一巻の終わりだよなぁ。
CGなのに、なんだかドキドキします(笑)

もうひとつ、実際の素屋根工事の際の、
定点動画もけっこうおもしろいです。
こちらもWebで見られますよ~

あと模型。こんな感じでスッポリ天守が
包み込まれてるわけですね。修理中で基礎が
むき出しの大天守を風雨から守る役割も。

P1250276

修理中の模型も。隣からこんな細かい模型、
修理するのにわざわざつくるの、
日本人だけやろ~という声。・・・そうかも(笑)

P1250282

戦後すぐ(1956年~1964年)に行われた
昭和の大修理と今回の平成の大修理の比較も興味深い。

実は、昭和の大修理は完全解体しているのに対し、
今回は基礎まで解体することはせず、
おもに瓦の葺き替え、壁の補修、耐震補強が中心。

昭和の大修理は、約8年間。完全解体しない分、
平成の大修理は、約5年。
足場や資材搬入のための道も昭和の大修理では、
すべて木製だったのに対し、すべて鉄骨。

昭和の大修理前。すべてがそう・・という
ワケではないのだろうけど、壊れたところは
壊れっぱなし。なんと、痛ましい姿よ・・・

P1250290

P1250291

元々、修理計画は戦前に立てられていたのだけど、
太平洋戦争で一時中断。戦時中は黒く偽装してたとか。
で・・・黒いと偽装になる?のか?
# 同じく黒い岡山城は燃えちゃってんじゃんね。

P1250292

戦後直後の姫路城大天守。
戦争にも耐えた姫路城は、奇跡の城と呼ばれたそうな。
姫路城のほか、コンクリ再建の大阪城(1931年築)も
戦争を経験してるんですけどね。

P1250295

昭和の大修理の際の、修理の様子。
長いスロープで修理部材を中に入れていたんですね。
今とずいぶん違いますよね・・・

P1250294

専門家の方のコメントをビデオで
流しているのにも、なかなか興味深いお話。

瓦を直し、壁を塗り替える。
そうして、メンテナンスすれば長く持つのが
木造天守であり、またそういうメンテナンスこそが、
長く城造りの技を伝承させ、職人を養う方法だと。

そうだよなぁ・・ホント、大事なことだよ。
コンクリ天守にはできないことだ。

さて、天空の白鷺を後にし、姫路城各所を
ぶらぶら見て回りましょうか。

出たトコで、ミストによる涼風。
これ、東日本じゃあまり見なくないですか?
そうでもないか・・・

P1250311

水の三門。長く経つと、屋根目地漆喰が
このように黒っぽくなっちゃうんですね・・・

P1250321

水の二門。3/4くらい黒くなっている一方、
右端の残りの1/4くらいは、漆喰が白く残ってますね。
右側の屋根に雨風から守られてるからかな?

P1250329

このように隣り合ってる瓦でも、
家紋が違うことがあるのが、姫路城ですね~

P1250327

天守背後の腰曲輪にある塩櫓。
ちょうど、本丸の北側で絶壁になっていて、
崖の形に添っているため、なだらかなカーブを描く
ちょっと変わった櫓。

P1250333

日本の城には、珍しい曲線美を感じますよね。
中は「塩」櫓というだけあって、塩や食料の貯蔵庫。

P1250334

なんとなくですが、今でも空気に
塩気を感じますね。そして古い木材の香り。
ちょっと・・・モルトを思い出したのは、
ここだけの話(笑)

更に奥へ行くと「へ」の門。
修理工事の都合上、こちらは行き来できない。
天守に向かうことばかり考えていて、
途中、あまり撮ってないのでまた後ほど。

P1250340

それにしても、大天守がスッポリ覆われているため、
小天守がここぞとばかり(笑)目立ってました。

P1250382

この小天守ひとつでも、地方の小城では、
立派に天守の役割を担えそうな大櫓。
さすが、姫路城というところですかね。

中でも、上の写真で左手に見える乾小天守は、
黒漆塗り・錺(かざり)金具でデザインされた
火燈窓がチャームポイント(笑)

P1250315

先ほど、天空の白鷺から見えたにの門。
ホント門というより、にの「櫓」。

P1250352

ちょうど櫓の下を潜るようになっていて・・

P1250353

暗い中を抜けると・・・

P1250354

また、小天守が見えてきました。

P1250356

何のため・・って決まってますよね(笑)
ここを通過する敵兵を上からボコボコにするため!
城はやはり、戦を意識しているのです。

ここを抜けると、はの門にたどり着きます。
ふと振り返ると、やはり小天守。
うーん、いい感じですねぃ。

P1250370

はの門。大柄で大城の門らしい
櫓門ですね。

P1250378

ここから坂道を下って。姫路城は平山城。
姫山という山に築かれた城なので、本丸までは
けっこう坂道なんですよね。

P1250373

ここをまっすぐ向って、西の丸一帯を
散策・・することで切ります。長い・・(笑)

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夏の西日本・城と酒に溺れる旅 … 姫路(1)

さて。そろそろ書いていきます・・
遊びすぎだった8月の詳細。

まずは、7/30~8/2の4日間で回る、
西日本・城と酒の旅。2週間後に余市、
3週間後に台湾への旅を控え、超ケチケチ作戦。

・・ということは、毎度おなじみの
ムーンライトながら先生の登場です(笑)

P1250174

いつも、ちょっと早めに小田原に向かい(小田急で)、
万葉の湯でゆっくりするのが定番。
そこにいつも置いてある山崎蒸溜所“仕込水”割り

これを頂いてから行くのですが・・ない!ない!
えーっと・・最初からテンション駄々下がり。
どうも、後から探してみると終売くさい感じがする・・

ということで、ヒゲのおじさん登場。
全面に推してるほうじゃなく、
銀色の渋いほうってのがいいでしょ。
水割りウイスキー(発泡性)は、コイツと
竹鶴ハイボールのみだと思うよ~

P1250178

朝、大垣に着いたら米原で乗り換えて、
そのまま新快速で一路、姫路に向かいます。

米原での乗換えでは、座席争奪戦になるけど、
ここで座っておくと、約2時間眠れる上に、
起きたら目的地、というすばらしい展開。ぐぅ。

姫路駅では、なぜか妙にオシャレなトイレに
思わずカメラを向けつつ・・

P1250184

姫路に立ち寄ったのは、もちろん姫路城。
ちょうど、平成の大修理ということで、
一部解体しながら修理をしていて、その現場を
見学できるんですよね!

P1250192

普通の人は、なんだ修理中かよ・・と思うかも、
ですが、われわれにとっては、え?そんなとこ見れんの?
と興味津々なワケですね(笑)

あぁ・・・白鷺のマンホールが、
台無しじゃない・・orz

P1250195

で、三の丸前に到着。天守がスッポリ・・・
一応、天守の絵が描かれてるのですが、
なんだかクスッとしちゃいますね。

P1250200

大手門である桜門を抜けて・・

P1250203

すぐ右手の石垣に注目!

P1250209

アップ。残念石が石垣に使われてます。
残念石とは、楔を打って岩を割ろうとして、
割れなかった石のこと。

P1250208

石にも目があり、割れない目に沿って
楔を打っても割れないわけで・・・

だいたい石切丁場にあるようですが、
こうして石垣の石としてあるのは、
そう多くはないんじゃないかと。(知らないだけ?)

見学施設・天空の白鷺は、高さ52m。
約40m相当の8Fから7Fに降り、2F分だけ見学OK。
そっか・・全部見れるんではないのか。むぅ。

入館者は10万人突破。ただ修理するだけだと、
姫路城を訪れる人がガタ減りだったろうから・・・
見学施設をつくるのは正解だったね。
それでも、平時よりは少ないらしいけど。

P1250218

こちらが8F。
天守最上階の瓦がすべて取り外されており、
なかなか見れないお姿です。ほほぅ。

P1250223

少し傷んでいるようにも見えますが、
使えるところは使い、入れ替えるところは、
入れ替えるんでしょうね。

P1250225

土居葺きだけの姿も、その曲線の美しさが
よく感じられて・・美しいものは美しくなるように、
基礎からつくられてるんだな、と実感。

通常、天守から見る眺めと比べると、
天空の白鷺から見る眺めは、ちょっと前よりになってて、
眺めもまた興味深かったりします。

にの門。櫓の下をトンネルのように
潜って進む珍しい門。

P1250232

西の丸北側。手前から化粧櫓、ヌの櫓、ルの櫓。
姫路城の櫓や門は、「い、ろ、は、に・・と」と
いろは歌の順にかな一文字で、
名前が付けられているのも、大きな特徴。

P1250234

化粧櫓は、家康の孫で千姫が約10年間、
住んでいた櫓。もちろん、後で訪問しますよ!

西の丸南側。ちょうど有料区域になる境の
菱の門が中央右手。その奥に見えるのが
西の丸南のワの櫓、ヲの櫓。

P1250250

ワ、ヲの櫓は、きれいに屋根瓦に仕立てられた
白い屋根目地漆喰がキレイに輝いている一方、
菱の櫓は、瓦の色がそのまま出てます。

こういう漆喰のことね。

P1250230

ある意味、櫓の瓦の時間的な変遷を
対照的に見ることができておもしろいですよ。

リの一渡櫓。創建以来、初公開という櫓。
こちらも後ほど訪問。

P1250253

8Fに掲げられてあった幕に描かれた
線画の姫路城。何気にこれも迫力あって、
見ごたえがあったりします。

P1250237

さて、7F部分に移動!
白漆喰の壁がすぽぽーん(わかる?)と
取り払われ、骨組みだけになってます。

P1250241

P1250242

漆喰の壁って、耐火性には優れてるんだけど、
こまめにメンテナンスしないとダメだもんねぇ・・・
前回の昭和の大修理からほぼ半世紀、
一気に塗り替えちゃおう、ってことか。

新しくお目見えした大天守は、真っ白白で、
まばゆいのでしょうなぁ。

一旦取り外された瓦たち。
使えるものは、もちろん再利用。

P1250244

使えないものは、新たに焼いた播州瓦に
置き換えていきます。

新しい瓦も単に同じものを作るだけじゃなく、
進化した匠の技を投入。瓦の厚みを3~6mm薄くし、
瓦1枚あたり、0.75kgの軽量化を実現。
天守の屋根瓦全体で、56tもの軽量化!

更に特別に1,150℃もの高温で、2~3時間
焼き上げる特殊高温焼成で、吸水を極力抑え、
-30℃の極寒の環境でも凍み割れしない瓦。

元々の瓦は凍み割れしやすかったから、
会津で赤瓦が発達したわけですが、
播州ではこういうアプローチで凍み割れ対策。

しかし、天守の瓦の紋って1種類だけなんだろうか?
姫路城というと、城主がよく変わることが理由で、
いろんな紋の瓦が点在しているんだけど・・・

ね、修理の際にはどんな家紋の瓦に
するんでしょうね。訊けばよかったね・・・

7Fにも線画。水墨画っぽくって、
味わい深い・・・

P1250256

さて、エレベータで地上へ。上がるときにも
もちろんあったのだけど、撮るのを忘れたので・・
エレベータから見る天守、どうぞ!

なかなか間近で見られませんよ・・
天守台石垣。むふふ。

P1250261

さて、一旦切りましょうか・・・
姫路編ですでにこの勢い。
またまたものすごい量になるぞ、これは・・・

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熊本城プルーフ硬貨500円!

突然ですが、プルーフ貨幣ってご存知?
よく記念硬貨などで、表面を鏡面加工したコインが
あるんですが、あれをプルーフ貨幣といいます。

もうだいぶん前ですが、コイン集めをしていた頃があり、
お年玉で記念硬貨を手に入れる・・という、
おおよそ子どもらしくないことをしていた時期もあり(笑)

まぁ、めっきり最近は興味が減退していたのですが、
地方自治法60周年ということで、各都道府県のコインが
出るということで、ふーんとニュースを見ていて・・

熊本は、熊本城なのか!!!

もう、それと知るや、早速注文です。
とはいえ、プルーフははがき応募の抽選
買えるかな・・と思ってたら、見事当選通知。

通知をポストで見つけたその夜、
踵を返して、そのままコンビニに支払いに行ったことは
言うまでもありません(笑)

で、今日届きました。キレイです!
天守と武者返しの石垣。
ちょうど加藤時代と細川時代の石垣が
並存するあの場所ですね!

P1030096

やっぱり、プルーフにしておいてよかった。
断然美しい・・・高いんだけど。

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京都日帰り・・・京大・二条城。

さて・・見るとこ見たし、どないしょうかいな?
ということで、思い出したのが
京都大学内にある「カンフォーラ」。

けっこうキレイなところで、しかも安くて、
なかなか美味しいのです。

関西に帰っても、母校にはちっとも寄らないのに(爆)
受験時代に3度も振られた京大ばかり行ってます(笑)

迎賓館を出て、大宮御所の門を眺めたり・・

P1020997

御所の瓦は菊だらけ!とか、瓦をガン見したり・・・
このときは、まだ雨降ってなかったんだよねぇ。

P1020998

そのまま西へ突っ切り、蛤御門から出る。
あ!と思った人は幕末に詳しいヒトですね!

P1030015

長州藩と会津藩その他との交戦の場となった
蛤御門の変(禁門の変)のあったあの「蛤御門」。

「蛤」の名は、江戸時代の大火の時に、
それまで一切開いたことがなかったこの門が開いたことを
焼かれて口を開ける蛤にたとえたのが由来。

最近こういう、ちょっとユーモアというか、
クスッとできるネーミングって、あまりないかもね・・

足下には、マンホール。御苑の敷地内は
「宮」のマークの入ったマンホール、
敷地外は、京都市のマンホール。

P1030012

南に下って、烏丸下立売交差点。
聖アグネス協会。なかなか気になる洋館が、
御所そばにあるってのも、おもしろいな。

P1030017

丸太町駅から烏丸御池を経由して、三条京阪。
地下鉄の中でこんな広告。1年1度は長旅へ・・・
え?一度だけなの(爆)

P1030021

で、「おけいはん」で北上して出町柳。
コンビニに入って、竹鶴ハイボールあるやん♪とか、
ゆってると、ざ、ざぁぁぁぁぁーーーー!と、
猛烈な雨が・・・えーー・・orz

でも、ここまで来たら行かなきゃね。
受験のときに歩いた道を辿り、
京大吉田キャンパスへ・・・

京大といえば、この時計台ですよね。
ですが雨で霞んでますですよ・・

P1030023

この日は、ハラールチキンのステーキと
京大×早大×黄桜の京大開発ビール「ルビーナイル」。

P1030036

P1030029

ハラールとは、イスラム教で食べてもいいよー
という認証のこと。この認証があれば、
イスラム教徒の人でも食べていいらしい。へぇ。

ま、それはそれとして、エスニック風味の
スパイスがよく効いていて、また肉自体の旨みも
たっぷりで美味しかった!ごはん付きで682円。安っ。

ナイルシリーズは、京大の植物遺伝学と
早大のエジプト考古学の成果をビールに結実された
産学協同の賜物。アルコール7%のちょっと
ガツンとくるビール。

古代エジプトで生まれ1920年頃まで
栽培されていた「ピラミダーレ」という
古代種の小麦を使っているのだとか。

香り立ちもいいし、濃厚なビールの麦芽の
甘さを感じられますね。美味しいので、
お代わりしちゃいました(笑)

さて、お腹を満たしたら、二条城。
時間的に入城は間に合わないんだけど、
一口城主申請だけでもできたらいいかな・・
ということで、とりあえず現地に。

乗り換えの烏丸御池にて。
二条城、新たな城主をお迎えします・・
いい響きじゃありませぬか。

P1030038

烏丸御池の地下に「Kotochika御池」という
商業スペースができてるんだけど、
その広告・・えぇー。ミニスカ舞妓にレギンス舞妓(笑)

P1030045

二条城駅を出てすぐ見える東南隅櫓。
あぁ、漆喰が剥がれて・・・無残ナリ・・・

P1030042

これ、関西を襲った先般の台風の仕業。
もともと、今回の修理計画に入っていた箇所
なのだそうですが、緊急でできるだけ早期に
修理を行う予定だそうです。ほっ。

で、もう入れない時間なんだけど、
募金だけしに入っていいですかね・・と交渉、
見事にOKをもらいました、隊長!

ということで、そそくさと入城し、
お金を託して、すぐに出てきましたよ・・よかった。

収穫は・・一口城主ステッカーと、
1年間入城無料になる入城証。

P1030087

P1030088

実は、熊本城主になったときも、
無料パスもらったんだけど、さすがに熊本はねぇ・・
だったのですが。京都なら気軽に行けるので、
これからは、二条城にもっと足が向くかも?

さて、これで今回の上洛のミッションは終了。
あとはぐだぐだと・・・伊右衛門サロン
抹茶ソーダで一服したり・・

P1030055

花街麦酒と賀茂茄子の焼き醤油ラーメン。
秋茄子が美味かったーー。なすび最高!

P1030060

P1030068

野菜は、なすびにまいたけは外せませぬなぁ・・・

夜も更けてきて、京都タワーが明々と。

P1030071

まだまだ時間があるので、ホテルグランヴィア京都の
メインバー・Orbitでしっぽり。
竹鶴17年をダブルで頂き、ゆったり・・

P1030072

1日(約17時間)くらいの滞在ですが、
思いのほか、濃密に楽しめました・・が、
往復高速バスで8,000円。その分疲れますがね・・・

さ、8月の西日本城廻りから順に、
記事書いていかないとな!あ、でもその前に・・・

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京都日帰り・・・京都迎賓館。

えっと。昨日1日京都に滞在しておりました。
すっかり、京都迎賓館の参観応募を出していたのを
忘れていて・・え、9/17・・どうしたもんかと思っていて。

でも・・せっかく当たったんだしモッタイナイよね。
ということで、急遽高速バスを手配して、上洛。
往路5,000円、復路はなんと3,000円という超激安。
もちろん、体力勝負の観光バスです(苦笑)

高速バスだと、着くのが早すぎるので、
インターネットカフェでしばらく仮眠した後、
京都タワー浴場でさっぱりして・・・

地下鉄烏丸線で丸太町。大阪人なので、
スルッとKANSAIは常備してるので、
サッと地下鉄に乗車。

京都御苑に入り、御所前を通過。
御所の正門・建礼門。

P1020812

勅使の出入用としてつかわれた建春門。

P1020816

御所の東のほうに向うと、京都迎賓館の入り口。

P1020824

えーっと。ここからしばらく撮影禁止・・
というか、写真は撮っていいのだけど、

 個人の記念写真を目的とした場合にのみ許可されて
 います。撮影された写真のホームページ・ブログ等
 への掲載は固くお断りします。

いやーーーーん。Web掲載が個人の記念写真目的と
違うのか?というのは、納得いかないけど、
とりあえず、ダメといわれたらしょうがない・・・

この写真ならOKとか、1人何枚まで掲載OKとか、
事前に上げてイイかチェックするとか・・
制限つきでもいいので、Web掲載OKにしてほしいなぁ。

はっきり言って、Webに載せる以外に、
写真の利用してないからね・・・

まず、地下の駐車場?みたいなところに入り、
持ち物検査。飛行機の搭乗前のような
チェックにも通される。

そして、当選はがきを渡し、身分証明書を確認、
事前に作成されたであろう来場者リストと照合して
次に進むことができます。

そして、カメラとパンフ、ハンカチ以外は
すべてロッカーに預けて、地上に上がり正面玄関から
見学開始・・・という段取り。

いろんな見学施設の中で、ここが一番厳しいような・・
まぁ、いろいろ事情はあるんでしょうが。

ここのページを見る限り、京都迎賓館がオープン
したときには、こういった制限は
なかったのかもしれませんな。

ということで、パンフやポストカードを手がかりに、
可能な限りご紹介。

最初は、聚楽の間。ロビー溜りで、晩餐会や会合の際、
随行員の待合などに使われるとか。パンフより。

P1030046

椅子は、有職織の布地が使われた赤く美しい仕上がり。
飾り台は人間国宝・早川尚古齋氏の竹工芸。

向かいに掲げられていた、龍村光峯氏の
美術織物「暈繝段文」もすばらしく美しく、
のっけからものすごい圧倒されます。

続いて、夕映の間。会議や立礼式のお茶のもてなし、
晩餐会の待合室として利用。こちらはポストカード。

P1030083

東西には、綴織りという技法を用いて
つくられた縦2.3m、横8.6mの大きな織物。

日本画家の箱崎睦昌氏の下絵を元にそれぞれ、
東側は京都の東、比叡山を月が照らす「比叡月映」。
西側は京都の西、愛宕山に夕日が沈む「愛宕夕照」。

写真で見えているのは「愛宕夕照」ですが、
「比叡月映」もそれはすばらしいもので・・・
先日の中秋の月を思わせるような、明るく美しい月。

写真では解らないけど、照明は直接部屋を照らさず、
一端天井を照らして、その反射光が注がれる仕組み。
暖かく柔らかな光を感じます。

よく見ると、照明のところどころに黒い点。
これは、明かりを消してカクテルパーティなどを
催す際に、星空や蛍のような照明にするため。
うーん、凝ってますねぇ・・・

続いて、藤の間。最も大きな部屋で、
宮中晩餐方式で約60名、円卓を並べた場合は
約120名の会食が可能な大広間。
こちらは、パンフから・・

P1030050

こちらも背面は大きな織物。
日本画家の鹿見喜陌(きよみち)氏の下絵を
綴織りにした「麗花」。

縦3.1m、横16.6mの巨大な織物で、
部屋の名前にもなっている藤をはじめとする
日本の草花が39種類描かれているとか。

「麗花」に向って左手には舞台があり、
能や琴の演奏、雅楽など日本文化を象徴する
芸能が披露されてきたそうな。

扉は奈良県産のヒノキに、截金(きりかね)
という技法を用いて、金箔・プラチナ箔で文様が
描かれています。ポストカード。

P1030081

天井の照明は、杉の骨組みに美濃和紙を
貼った可動式照明。

桐の間。主に洋食が提供される藤の間と対照的な
「和の晩餐室」。ポストカード。

P1030084

掘り炬燵式で、正座に慣れない外国要人にも
疲れない配慮。中心にあるテーブルと座椅子は
漆で美しく仕上げられています。
椅子の背面には、五七桐。日本政府の紋章。

床の間の土壁には、迎賓館敷地内から
出土した京錆土、60畳ある畳は迎賓館建設に合わせて、
栽培された藺草(いぐさ)のみを使用。

障子は美濃和紙を半紙の大きさで継いだ
「石垣張り」の技法が用いられ、
ここにも「五七桐」の紋章が浮かび上がってます。
さらに、釘隠しも「五七桐」でしたね。

ちょうど見学するスペースは、芸舞妓さんが
舞いを披露する場だったりします。

最後に、廊橋。池を渡る橋の両端には、
季節の虫のカタチに抜かれていたり、
さりげないコダワリが随所に。ポストカード。

P1030079

進行方向右手は、少し深めで鯉たちが、
悠然と泳いでいます。しかも、この環境の中で、
鯉が繁殖し、この5,6月に卵から孵った、
小さな鯉たちもたくさん・・・

でも、鳥のエサになったりして・・減っていき、
程よい生態数になっているんだとか。

池には蓮の花も浮かんでいて、ギリギリ
午前中だったので、蓮の花が咲いていてくれました。

一応、舟もあって、舟遊びOK。だけど、
あまり、使われることがないのだとか・・・
来賓は所望されないってことなのかね?

進行方向左手は、特に浅くなっていて、
鯉は入ってこれず、アメンボその他くらいしか
いなかったですね。

ちょうど、この時間は小雨パラパラで、
良い風情だったんですがね。

所要時間30分とありましたが、
ふむふむ・・・しながら見て回ると、
優に1時間を越していました。

帰りには、ポストカードと迎賓館建築に
携わった匠の技を紹介するDVDをお買い上げ。

この後は・・・出町柳まで出て、
遅めのランチと行きますか。

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秋のサンプリングティスティング@パークホテル東京。

さて・・・もはや恒例のSMWSのイベント。
先週の月曜日、中秋の名月の美しい月夜に、
汐留のパークホテルにて・・・

P1020804

秋の新商品のティスティング・・なんですが、
いつもながら12種類のティスティング・・・
ちょっとこの日は、遅い時間だったため、
なかなか量的に苦しい展開でありました・・・

その中でも、気に入ったのは・・・

29.102 Raphroaig 13yo
22.29 Glen Kinchie 24yo
24.116 Macallan 20yo
125.47 Glenmorangie 15yo

の4点。

29.102 Raphroaig 13yo

はじめは、香ばしいチョコレートケーキ的な感じが
支配的だったものの、他のものから戻ってくると、
ソーセージの濃い肉々しさや塩気。

印象の変わり具合もさることながら、純粋に美味い、
と思える1本。最初に香りを感じて、
絶対これは好みなはずだと思って、大幅にその印象を
変えても好みのまま、というのがすごい。

22.29 Glen Kinchie 24yo

ちょっとヘンな感想だろうけど、最初明太子、
それも酸味を感じるところが明太マヨのような、
ウイスキーでそんな香りが・・・という初体験。

もちろん、悪くは全然なくて、
おもしろいなー・・と。ただそんな個性的な香りは、
徐々に顔を潜め、スタンダードな木香に。
加水すると、フローラルな感じだったかと。

24.116 Macallan 20yo

マッカラン・・・けっこう、シェリー系の
なかでもクリーミーで、やもするとどこかしつこく
感じられることもあるのだけど。

こちらは、ちょっとクリーミーさは抑えめ。
1st fill Sherryなんだけど、シェリー感よりも、
キャラメルのような系統の甘さが支配的。

125.47 Glenmorangie 15yo

うん、やっぱりこの日はこれが一番だったかな!
もう、フルーティなことこの上なし。
一言で言うなら、一杯のグラスに閉じ込められた、
フルーツの盛り合わせ、って感じ。

りんごもただのりんごじゃなく、100%のりんご果汁で
つくられた濃密なジュースのような。
その後、パイナップル、グレープフルーツやバナナ。

ちょっとバナナは、そのままバナナというより、
バナナアイスのようなちょっと乳製品を
含んだような、でもバナナのような・・という。

ところどころ、蜂蜜感もあって、
フルーツの盛り合わせに、蜂蜜を少し・・といった様相。
実に、フルーティモルトとしては、
香りの一つ一つやその変化がすばらしい。

Glenmorangieは、買っちゃおうかなどうしようかな??

あ、そうそう、台湾のWhisky LIVE Taipeiで
お会いした鈴木隆行さんにも、少しご挨拶。

何でも、サントリーの輿水さんや
鈴木さんに同行されたスタッフの方のほか、
見かけた日本人はわたしだけだったそうです・・・笑。

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Green ESPRESSO 伊右衛門。

ちょっと気になっていた、新しい伊右衛門。
Green ESPRESSO
さっそく買って飲んでたんですがね。

P1020809

もちろん、シャカシャカしたお抹茶には、
敵いませんが、香りが実によく抹茶らしさが
よく出ていて、ただの緑茶じゃなく、
「抹茶を頂いた」余韻がしっかり残ります。

よくあるペットボトルのお茶の抹茶入り、
というのがありますが、あれじゃ抹茶感ねーわ!
とよく思うわけです。が、これはよろしい。

お茶の甘みと旨みを深いコクと
芳しい香りとともに楽しめますね。
コンビニのお茶で、ここまでおおーっと
思ったことはなかったですよ、はい。

好みは分かれそうだけど、ホントは
もっと濃くしてもらってもいいのだけどね・・

午後の紅茶のESPRESSOは、濃厚さでいうと、
もっと濃ゆいよね。それでいて苦みではなく、
豊かなコク。抹茶でやると、苦くなっちゃうのかなぁ。

ま、いずれにしても、エスプレッソマシンって、
コーヒーだけじゃなく、お茶も美味しくするんだな、
と改めて思った次第。

しばらく買い続けることになりそうなくらい、
久々に魅力的な1本。

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半年と10年。

9.11。あの忌まわしいテロから10年。
まだ会社に入ってばかりの頃。ありえない光景。
言葉が出ず、ただただ映像を見て立ち尽くした。

そして、3.11から半年。2万人にも達しようとする
亡くなられた方々と行方の分からない方々への
哀悼の意をこめて、スコットランドの皆様の
気持ちがこもったSPIRIT OF UNITYで献杯。

そして、いまだ不安と苦しみの中で、
生活を余儀なくされている方々に、
一日でも早い心の休まるときが訪れてほしいもの。

毎月11日にSPIRIT OF UNITYを頂くことにしました。
このボトルが空になる頃には、安心して生きてゆける
道筋が見えているといいなぁ・・・

P1020795

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丸11年かぁ・・・

さて、今日9/9はこのblogの前身に当たる
Web公開を始めた記念日。社会人になる前の11年前のこと。

毎年書いてる気もするけど、なぜこの日を選んだか。
それは、9×9=81という”nikko81”に、
ちなんだ日だから、なんですよね。

そして、"nikko81"という名前とも長いお付き合い。
だから、すごい愛着があって。
これが使えないのは、イタイわけですよ。
FacebookとかGoogle+とかね。

なんか、ここまでくるとずーっと続けている気がする。
どこまでも。4年や5年くらいだったら、
いつまで続くかな、と思ったこともあったけど。

もちろん、なかなか書けないこともある。
まさに今がそんなときでさ。

それでも、blogを書いてる人間なんだってことが、
ある種、自分のアイデンティティだと思えてきててね・・・
どんなに忙しく、どんなに書けないときが
続いてもね。bloggerなんだという自覚。

さて、9月9日は重陽の節句。菊の節句。
菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わして祝ったりしたそうで。
どこかで食用菊売ってないかな。
ウイスキーに菊を浮かべて、頂きたし。
邪気を払い、このblogの長寿を願って・・・

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