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天下普請の江戸城 in 新宿歴史博物館 ~家康以前~

さて、もう3週間も前になってしまった、
新宿歴史博物館での江戸城講座。

実は、以前から毎年春にやっていたそうなんですが、
今回はtwitter経由で知ることができ。
うん、こういうチカラは侮れませんなぁ・・・

なかなかこんなリンク(PDF注意)をたどって知ることって、
まぁ、ないでしょうし。

全5回の江戸城講座、ホントはハズレだったのですけど、
1回目の西ヶ谷さんの回は、再度募集があったので、
何とかそれに滑り込むことができました!万歳!
# もう1回やろうとおっしゃっていただいた西ヶ谷さんには
# 感謝ですね・・ありがたいことです。

西ヶ谷さんは、日本城郭史学会の代表で著数も多く、
城に関してはよくお名前を見かける方です。

●江戸を識る・・かつての江戸と「新」江戸の誕生

誰もが東京の旧称だとは知っているのですが、
実はそもそもの江戸は東京のあるあたり
じゃなかった・・・ということ。

江戸。よくよくその字を眺めると、
江の戸、つまり大河の河口という意味の地名。

え?どこに大きな川があるんじゃい?という感じですが、
隅田川?アレは大河か?という話で・

となると、このあたりの古い古い地形の話を
せねばならなくなります。

坂東太郎との異名をとる利根川はかつて、
隅田川を本流としていました。

が、江戸のような大都市のそばに大河が流れていると、
雨季になるたびに氾濫してたまったもんじゃない・・・

ということで、足掛け60年にもわたって
進められた利根川東遷事業が1654年(承応3年)に完成し、
利根川の本流を大きく東に変えて、銚子方面に流し、
かつての本流は小ぶりな「隅田川」として、
江戸湾に注ぐことになったのでした。

そう・・・旧利根川の河口を「江戸」と呼んだ、
というわけなんですよね。

かつては、ちょうど白鬚橋のあたりまで
江戸湾が入りくんでいて、下総と武蔵の国境にも
なっていた旧利根川の河口にあった渡し場。
これこそが、「江戸」。

ちょうど、南千住の東京ガスがあるあたり
ここがそもそもの「江戸」だった場所なんですね。

で、時は室町時代中期の享徳の乱の頃。
関東管領と古河公方が争う中、太田道灌は、
旧利根川河口域に築城が必要になるわけですが・・・

河口付近というのは、浸水被害も多く
軍事的には価値のない土地であることから、
平川(旧神田川)を越えた先にある
荏原郡日比谷の丘に新たに城を建てます。

道灌はこの城を「江戸城」と名づけます。
元々の江戸の地名のあった場所は、豊嶋郡なのですが、
日比谷は荏原郡だったのですが「江戸」。

ちょうど、東京ディズニーランドは、
東京じゃない!というような感じでしょうかね・・

ということで、江戸城が完成し
太田道灌の入城(1457年)を以って、
今の東京の地が、新しい「江戸」になったわけです。

・・・ということで、一旦切りましょう。
次はいよいよ、徳川家康が江戸にやってきます。
まぁ、評価はいろいろあるでしょうが、
間違いなく、今の東京の下地をつくった人ですね。

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