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桜に包まれた会津へ・・・その3。

さて、もうお昼です。

ホントは、西若松のいとう食堂さんで
ソースカツ丼!となる予定だったのですが・・・
行列がすごいっということで、会津美里町まで
行ってお昼ということに。

で、会津美里町のお目当てのところも、
ずいぶんと変わってしまったようで・・・

うむ、いかが致すか?というところで。
・・あれ?こちらにもいとう食堂?

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やっぱり瓦は赤瓦なんだーとどうでもいいところに
感心しつつ、入ります。皆さん、お初!

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ソースカツ丼がメインのお店ではないようですが、
せっかくなんでね・・ということで。
きましたよー。

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パカッ。前回の白孔雀食堂さんがあまりに
インパクトがあったので、若干勢いで負けてる感も
ありますけど・・・

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なかなかイケます。美味しいです。
レモンを絞って、頂けるのもよろしいかと。
ごちそうさまでした。

ちょっと、「窯の美里いわたて」にも立ち寄り。
会津本郷焼の組合窯元の作品が多数展示。

チョット気になったのは、会津本郷焼とBarのコラボ。
Bar Octaveさんというところ。

Barで使うものって、やはりガラス製品が多い
と思うんだけど、焼き物も使えるシーンもあるんだな、と。

一度ね、会津でもBarデビューしようと思いつつ、
今回も結局行かぬままでしたが、
Bar Octaveさん、憶えておきますよ。

こちらでは、ミルクピッチャを購入。
もちろん(?)ミルクを入れるのに使うわけ
じゃないんです。

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勘のいい方は分かると思いますが、
モルトを頂くときの、加水する水を入れようと思って。
なかなか、ほんの数滴水を加えるのって、
難しいですからねぇ・・・

さて、この後は向羽黒山城跡。
戦国時代に会津を支配した蘆名氏の全盛期を
築いた蘆名盛氏が手がけた山城。

・・・す、すみません。知りませんでした。
盛氏の居城・会津黒川城(現・会津若松城/鶴ヶ城)は
知っていても、なかなか支城までは。

お、マンホール発見。
やっぱり焼き物ですねぃ。会津本郷とあるのは、
以前は会津本郷町だった頃の名残。

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まずは、手近なニの曲輪跡。

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1561年というと、ちょうど川中島で
信玄と謙信が激突した第4次川中島合戦の年。
ザ・戦国とでも呼べる時期です。

どちらかというと、山城マニアではないので、
詳しくはわからないけど、堀切だとだろうな・・だとか、
随所にただの山ではない城のニオイを感じました(笑)

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ココ一帯の桜はまだつぼみ。
雨が上がって、水滴が・・・
ちょっとタイミングが早かったなぁ。

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で、せっかくなんで一の曲輪にも!
二の曲輪が麓の政庁のあるエリアだとすると、
一の曲輪は戦時の詰めの城。

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ここから10分?15分くらい上っていきます。
けっこう歯ごたえがある山道(笑)

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歩いてる間ずっと、気になって
すごい不思議だったのが、階段に埋め込まれた石。
ね、これなんかすっごい意図を感じるでしょ。

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しかも一箇所じゃなく、一の曲輪にたどり着くまで、
何度も何度も出て来るんだよな・・

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等間隔かというとそういうわけでもないし・・
これ、柱のあった跡とかなのかなぁ。うーん。

伐ったであろう材木が放置されてますが・・・
これはまたどうして?

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・・とりあえずたどり着きました。
一の曲輪(=本丸)跡。

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しかし、そんなに眺望はよくない・・
天主矢倉らしきあともよくわからん・・・どこ?

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ま、食後のいい運動にはなりました。
また、会津若松に戻って、蒲生氏郷が眠る興徳寺へ。

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