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不安と決別し、豊かな想像力を。

先月末、こんな記事を書きましたが、
忍び寄るこころの闇は、残念ながらなくなるどころか、
多岐にわたって、そして醜く拡散している・・・
ように思えてなりません。

震災直後から表面化した「自粛」や「買い占め」
がようやく沈静化したと思ったら、
川崎市の被災地ゴミ処理騒動に、感情的な東電叩き。

福島から避難してきた子供に対する差別
逆に、この問題が起きた船橋等に対する逆恨み。

関係ない信金が「脱原発」を表明したりとかも・・・・

わたしには、今起こっている多くのことが、
やはり「こころの問題」だと思わずにはいられません。

これらに対して、リーズナブルな反論を
することはいくらでもできます。

例えば、ゴミ処理の問題にしても、放射性物質を帯びた
廃棄物とそうでない廃棄物をどう見極めるか、
あるいは、見極め可能なものなのか、
ハッキリさせて欲しいと求めるべきだろう、とか。

川崎市の申し出が「被災地」と言っていた点、
そして、いますぐやるというわけではなく、検討をする、
という声明だったにもかかわらず、
「いますぐ」「福島原発の」「放射能汚染ゴミ」を
川崎市で処理すると思い込み、非難が殺到する。

こんな読み違いがなぜ起こるか。
不安な状態でこの情報に接して、判断を誤ったとしか、
わたしにとっては、説明がつきません。

しかし、個別の事象がどうこうというより、
これらを共通して支配している「こころの問題」を
どうすべきか、ということに、より関心があります。

ひとつのヒントになるのが、
小田嶋 隆氏 ア・ピース・オブ・警句、
人びとがデマにもたれかかりたくなる時」の一節。

> 情報量がある臨界点を超えると、制御棒が作動して、
> 判断力が自動停止するのだ。
> と、私は短絡をはじめる。
> 具体的には、情報の真偽を確認する過程を
> 省略して、直感に頼るようになるのだ。

そう。思考ってそういうもの。
処理可能な量を超えると、自動的にストップして
しまうような気がしています。こころが壊れないように。

そして、その直感は、正しい論理に
裏づけされていなくても、知識や経験があれば、
おおよそ正しい方向に向かうのでしょうが、
知識も経験もなく、しかも不安に圧迫された状態。

例えば、暗くなってあたりがよくわからない、
初めて訪れた街で、目的地に向かえというようなもの。
さぁ、そこでデマが飛び交っていたら。

そのとき、自分が信じ「たい」情報を
掴んでしまうかもしれません。

情報は正しいから伝播するのではなく、
伝播しやすさが高いからこそ、伝播する。
情報の広がりに、正しさは全く必要ないのです。
# 「ミーム」の考え方を想起させます。

言い換えれば、人々が信じたい情報が広がる。
そして、不安という魔物に憑依されたこころは、
どんどんと情報を集めては、さらに自己を増殖させる。

自分では、より真実を知るために、
情報を集めているつもりでも、自分の不安をより
確かなものにしてしまっているのかもしれないわけです。

能天気に、大丈夫だ大丈夫だと思っていれば、
そういう情報にしか、目が行かなくなるのでしょうし、
あるいは、先般の過度の自粛についても、
共感疲労」という心理状態でどのような情報に接しても、
申し訳ないという気持ちが増幅してしまった結果、
とも考えられます。

ほぼ日刊イトイ新聞の今日のダーリン4/11版で、
イトイさんが、不安中毒こんなことを指摘しています。

>「不安」の中毒というものがあるんじゃないでしょうか。
> なにかを「不安」に感じるというのは、
> 誰にでもあるふつうのことです。
>
> しかし、「不安」が解消されないままに、
> そいつに居つかれてしまうと、
> 「不安」は、さらにそこに居座ろうとしはじめます。
>
> つまり「不安」があることでバランスをとっている。
> そういう状態になっているわけです。

反論承知で申しますが、

「この子のことを守れるのは、私しかいない。
 周りから何と言われてもいいの」

という女性のことばは、まさにその中毒性を
物語っているように思います。

さらにこれに拍車をかけているのが、情報を出す側に、
情報をどう伝えるのがいいか?というスキルが、
決定的に欠けている点。

情報を出す側も「正しい」情報を出すかどうかに拘ったり、
出すと不安になるからと隠蔽する傾向がありますし、
「『風評』に踊らされる庶民を露骨に軽蔑している」
見下げる傾向があるともと言います。

エラソウなこといって、お前ができるのか、
と言われるともちろんできませんが、
発言力のあるひとたちが、不安の構造を理解し、
その解消に努めているとは思えないのです。

例に出して申し訳ないけど、
こんな子供の読書感想文みたいな文章が、
もてはやされるのは、まったく理解できないわけで。

はっきり言って、不安という感情だけで
書かれた文章にしか、読めません。

特にこのくだり。

> そんなことで、経済が落ち込んだりしても、
> 生活水準が下がっても、全然OK!!

これまでどんな思いをして日本人が豊かになってきたか、
そしてその恩恵があって、今のわたしたちが生きていること、
どれだけ想ったことがありますか?

このような文章を手放しで賞賛する、
社会の心理状態こそ、問題にすべき点であると考えます。

この状態に情報を出すべき人、社会に影響力のある人が、
どこまで気づいているか。

同じように、不安に振り回されていないか。
あるいは、そのような不安を軽んじてはいないか。

またデマがなぜ広まったのか、
そのデマが信じられたのかを分析して、
後世に活かす
、ということも必要でしょう。

ドラスティックな「革命」は、必ずや「反革命」を惹起する。
そして、現状を否定する「革命」とその反動で起こる
現状維持に走る保守的な「反革命」、どちらにも解はない。
そんな単純な世の中ではありません。

そして、

> 一市民としてはそういう反応は当然でしょうが、
> そこをうまく整理して踏ん張らないといけない。

(「緩やかな介入」でニッポンの耐震性を高めよう P.3

というように、個々人の問題として、
放置するのではなく、如何に不安に抗い、
正しく物事を判断できる心理状態に、
より多くの人を導いていくか。

影響力のある人ほど、個別の議論以上に、
そのことに気をかけて頂きたいのです。

風評が起きることをしょうがないなどと、
諦めてしまわないで頂きたいのです。

以前にも取り上げた「二項対立が生んだ巨大リスク」。

これが、不安中毒というこころの闇に、
冒されていくことで肥大化する二項対立のリスク。

この例は、これまでの原発問題における
推進派・反対派の対立が生じせしめた結果を言っていますが、
これこそが、第4の災害の正体。

未曾有の国難にあって、今後の日本がどうあるべきか、
考えがそう易々とまとまりはしないでしょう。

だからこそ、立場の違う人、意見を異にする人への
想像力が必要だと思います。

そして、漠然とした不安に苛まれたままでは、
そのような尊い想像力を大きく奪ってしまいます。

例えば、原発に反対するなら、
この文章を読んでみてください。

単純で衝動的な反原発論には与しませんが、
豊かな未来への意思を強く感じる反原発論です。

もちろん、外野がいつまでそんな不安を抱えたままでいるんだ、
しっかりしろと強圧的に言ったところで、
どうにかなるものではありませんし、
むしろ、それが逆効果であることは明白です。

しかし。

あなたが不安を抱えたままでいること、
そして、その不安に苦しみ続けることは、
あなただけの問題ではないのです。

ひとりでも多く、ひとりでも早く、
不安に侵され、正しく物事を判断できない状態から、
立ち直らなければならないのです。

不安のスパイラルから一人ひとりが
自らの力で立ち直ること、それが日本を国難から救う、
大切で大きな一歩だと信じます。

不安がまとわり付いた悪魔のスパイラルから
逃れるヒントが「日常」との上手な付き合い方に、
あるような気がしています。

いまある「気持ち」を日常に取り込む

当たり前の日常がもたらす退屈さは、
逆に言えば、理屈抜きの安心感がある、ともいえます。
まずはカタチから入るというのも一手かな、と。

ただ、これが本当に有効なのかどうかは分かりません。
こういうときこそ、臨床心理士の出番では・・・
と思うのですけども。

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コメント

いやいや、この厨2の女の子、なかなか良いこと言ってるじゃないですか(笑)。
いろんな事情、いろんな知識を持ちすぎてる大人には、ここまで突き抜けたことは言えないですよ。
そのうち、こういう噂をする人たちも飽てくれば自然に消えてくんじゃないかな。
まあそれはそれで、別な新しい噂に盛り上がったりするんでしょうけど。

被災地を見て回ってるとき、「今津波が来たら逃げられないな」と考えたりしました。
防波堤は全部なくなってしまったので全くの無防備な状態だし、地盤沈下も進んでいるので、小さな津波でも簡単に奥まで入ってくるでしょう。
放射性物質もアレだけど、古い家や農家からはアスベストや農薬もみんな流れたし、海なんか重油まみれで真っ黒だし、なんか良く分からないものも(そしてまだ見つからない人も)大量に残っています。
こういう不安な気持ちが、様々な憶測から噂になり、そしていつの間にか「近いうちまた津波が来る」といった事実として広がっていくんだろうなと。

投稿: しのぶ | 2011.04.18 18:05

nikko81です。

●しのぶさん

そうですかねぇ。どこか空想の世界の話を
してるんだな・・としか思えませんけどね・・・
確かに人の噂も75日といいますけど。

そうですね、ここにあの津波が来ると、
ひとたまりもないかもしれません。

救いはしなかった防波堤も、
少しは勢いを和らげたかもしれませんよね。

そう、地盤沈下。今まで聞いたこともないような
ものすごい地盤沈下が起きているんですよね。

アスベスト・・農薬・・重油・・
そっか、まだまだ知らない危険があるのか。
でも、人の噂もまた厄介な魔物だったりします。

投稿: nikko81 | 2011.04.18 21:55

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