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2011年3月

Whisky LIVE! Tokyo 2011 試飲会場編。

さて、翌日からはいよいよ本格的な試飲。
もちろん、セミナーもあるんですが、
欲張るとぐでんぐでんになることは、実証済(爆)
ですから、1日にセミナーはひとコマのみ。

土曜日は、ニッカ。
日曜は、デイヴ氏による「ウイスキーの四季」。

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今か今かと、開場を待ちます。

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驚いたのが、入場証。
一度付けたら外れないので、外さないでって。
え、お風呂にもしたままってことっすか?

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あと、今回はグラスは付いてこないんだよねー・・・
有料で1個800円。高くない?
なぜか、2個だったら、1,000円という、
よくわからん価格設定・・・

一応、家からティスティンググラスを
持ってはいったのですが、複数欲しくなって、
結局、こちらのグラスを現地調達しました^^;

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やっぱり、プラカップでウイスキーを
いただくのはもったいなすぎますねぇ・・・

今回のWhisky LIVE!記念ボトルたち。
どれか、買えばよかったかな。

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こちらの様子は、追々(…って言ってるといつになるかわからん)
レポートしていくとして、試飲会場編をまず。

パンクバイパーの小貫さんに先導されて
関係者の皆さんがご登壇され、デイヴ氏の宣言で開幕。

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お名前は存じ上げませんが、司会も
毎年この方だなぁ、という気が。

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動画はこちら。

自分でも動画撮りましたが・・こっちのほうが
キレイなので(笑)

さて・・・二日間に渡って、
相当飲んだ気がするのですが、特に気になった
ウイスキーを挙げていきましょう。

■ザ・マッカラン55年シックスピラーズコレクション

有料試飲、1杯15ml1万円・・ということで、
話題になってましたが、結局頂かず。

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でも、二日目も終わる頃になると、
全部空いちゃってんだから、すごいもんですよ。

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ただこの700mlのボトル、115万円だったんですよね。
てことは、15ml25,000円くらいになるわけ。

オトクっちゃ、オトクなんですよね。
ひょっとして、売れ残りだったりするのかも。

■ホワイトボウモア43年&ブラックボウモア42年

超レアモルト、わたしはコッチにしました。
こちらもホワイトボウモアが50万円、
ブラックボウモアが40万円ということで、
こういうときでないと、ゼッタイに口にできない
モルト・・・でございます。

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1杯、4,000円近くもするのに、30分前には
すでに行列ができ始めていました!

わたしも時間はチェックしていたのですが、
こんなになるとは思いもせず・・

ホワイトボウモア。1964年蒸留、
バーボン樽による43年熟成。

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いわゆるボウモアで連想するアイラモルトではなく、
実に優しく包み込むような甘さが特徴的。
くどくないホワイトチョコやメープル感に
溢れています。実にとんでもないウイスキーです。

わたしの酔っ払いメモには、

「天使と一緒に天国に上る気分」

って書いてありました(爆笑)

宝くじに当たるとか、あぶく銭が入ったら、
間違いなく買うんだけどなぁ・・・。。

ブラックボウモア。同じく1964年蒸留で
こちらはシェリー樽による42年熟成。

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ホワイトボウモアよりも、こっちのほうが
早くなくなってましたが・・・

こちらも現在のボウモアのイメージではなく、
シナモンやジンジャーといった暖かな植物系の香りが
支配的な不思議な感覚。暖かい春の陽気に
包まれた草むらでうとうとしている・・・感じ?

味わいは、あえて表現するなら、熟した果実系。
でも、なんでしょうね、ことばで表しきれないような、
圧倒される感覚を持ちました。

わたしにとっては・・・ホワイトボウモアが
より好みだったかな。700mlで50万。

しかし、こういう超プレミアウイスキー、
みんなでお金を出し合ってちょっとずつ分け合う、
ってこと、できないもんでしょうかねぇ。

てことは、50mlでも35,000円かよ・・
ミニチュアボトルの量ですら、
買うのが躊躇されるお値段ですねぇ・・はぁ。

■山崎1984

こちらもこういうときにしか飲めないのが
分かっているので、確実にゲット。

美味しいのは分かっているので、新たな発見
というわけではないのですけどね。

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ホワイト&ブラックボウモアからすると、
まだ手が届きやすい・・試飲価格(1,000円)なので、
3杯頂き、そのうち2本をお持ち帰りしちゃいました。

1,000円とはいえ、入場価格(2日間で9,000円)を
払っての1,000円なわけですが、頭がすでに
モルト漬けになってて、そんな計算できません!

■ブローラ30年

グランドモルトテイスティング2011で頂いてから、
見かけたら必ず飲もうと決めていた、
ブローラ30年。見つけ次第、即捕獲です。
有料試飲で800円。

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実に・・実に焼肉です。焼きたての香ばしさ、
肉汁のオイリーさ・・・ゼッタイ肉食系のひとには
好きになれると思うんだよなぁ。

あと、この日は鮭とばの顔もちょいちょい
出ていた気がする。

■グレンモーレンジ シグネット

なにやら黒~濃茶の、グレンモーレンジっぽくない
ボトルに興味。何でも深煎した大麦である
チョコレートモルトを使ってるんだとか。400円。

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チョコレートモルト、というけど、
チョコレートが入ってたりするわけじゃない(笑)

モルトでチョコレート感が出るときって、
だいたいピートの焚き加減で現れるような
気がするんだけど・・・

ピートに頼らない、それでいてしっかりとした
チョコレート感やコーヒー感が実に新鮮。

グレンモーレンジって、軽やかで華やか、
柑橘系のイメージで、そう好みでもなかったんだけど、
このコク深い味わいはヒットしたなぁ。

これくらいだったら、ボトルでも手が届く?
って言ってると、すぐにモルト貧乏になるわけで・・・

■ハイランドパーク1976 土屋守セレクト

これ、アサヒショップで売ってるやつね。
350mlで16,800円となかなかハードルの高い
お値段だけど、これが美味かった。
試飲価格800円。

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美味かったのに・・メモがねぇorz
ええーーん、買うしかないってこと?(笑)

有料ばっかり?いえいえ、無料のものも
たくさん頂いていますよ。

駆け足ですが、ざーっとご紹介。

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ドロナック。こんな色?とラベルを見て、
気になったんだけど、ドロナック=シェリーという
感じではなく、イメージが違っていて驚き。

ダンカンテイラーから・・・
グレンスコシア1991・18年と・・・

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グレングラント1974・34年。

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1977年蒸留のグレンリベット31年。
このラベルはすごく憶えてて。1977年だし。

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ラフロイグ・クォータカスク。
途中で1/4くらいの小さな樽に詰め替えたもの。
手ごろな価格(市価3,500円ほど?)ですが
普通のラフロイグ10年より、断然樽の熟成感あり。

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ということで、この後日を改めて購入。
バランスがよく、普段飲みのラフロイグなら
間違いなくコッチですね。

普段飲まないアイリッシュウイスキーにも。
ピーテッドなカネマラ。この日はラムネみたいな
炭酸感として感じましたね。

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ダルモア・アレクサンダー3世。

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あっ・・・台湾のカバランだ!
2種類あるほうの高いほうは売り切れ・・

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美味しいとは思うのですが、2006年から
蒸留ということを考えると、割高感は否めません。

ま、熟成が早いということで、
短期間である一定水準のウイスキーができている
ということで、味で勝負するなら、
実は、適正なのかもしれませんけどね。

・・・たぶん、これでも飲んだウイスキーの
半分もないと思います。まぁー・・飲みましたよ。

そして、楽しかった。

が。

かえすがえすも残念なのは、貴重なものを
この場でさっくりと頂いちゃったことだろうなぁ・・・
まぁ・・Whisky LIVE!はお祭りであって、しっかりと
ウイスキーに向き合う場ではないな、と。

その意味では、マスタークラスが一番集中できる
時間なのかもしれませんねぇ。

ということで、今回のWhisky LIVE!からの教訓。

・レア物は決してその場で飲んではいけない、
 必ず小瓶に入れて持ち帰ること。

・飲んでみて好みなウイスキーは2回以上注いでもらい、
 必ず小瓶に入れて持ち帰ること。

・鞄の中は最小限に留め、小瓶とマイグラスを
 複数用意しておくこと。

持って帰っちゃダメ、って言われてないよね。
どうなんだろ、ホントはよくないのかなぁ。

でも、ざわざわしたところで、
ホントのウイスキーの美味しさを堪能しつくせない、
という気がするんですよね。

ま、今後に活かしましょう。

次は、ニッカのマスタークラス。

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Whisky LIVE! Tokyo 2011 前夜祭。

さて・・・・もはや、いつのことですか?
と言う感じではありますが、楽しい時間を振り返る
のも大事でしょう、ということで2/18~20の、
Whisky LIVE! Tokyoを振り返りますか・・・

今回は、東京ビックサイトから東京ミッドタウンに
移しての開催で、期間も前夜祭を含めると3日間の開催。

でも、3日あればあっただけ飲んじゃうところが、
モルトバカのどうしようもないところなんですがね・・・

というわけで、まずは前夜祭。
錚々たるメンバーがご登壇していきます!

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開会の挨拶は、ウイスキーマガジン日本版編集長、
デイヴ・ブルーム氏。

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UKから来日したDJ Eli & Furのお二人。
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SMWSブースだったか、ホットハイボールってのがあって、
そんなのを頂きつつ。不思議な感じ・・・

P1190434

はっきり言ってね、前夜祭の最大の見せ場は、
World Whisky Awardの発表ですよ。

写真、はっつけようかなと思ったんですが、
Official Videoが出てたんでそちらのほうで・・・
HD画質でキレイだわ。

2010年のミス・ユニバース・ジャパンの
板井麻衣子さんがプレゼンター。

さすが・・・背が高くて、受賞される皆さんとの
身長差に失礼ながら、ちょっと笑ってしまいました。

ニッカファンからは余市らしさが・・と言われている
余市1990が受賞してうれしい限り。

イチローズモルトは、WWRですか・・・
MWRのほうが好きなんだけどなぁ。

山崎1984はまぁ、受賞して当然でしょう、
という感じです。おいしすぎますもんね。
買えないけどね、どうやっても。

あと、みんなキリッととした感じで、
写真撮影に臨まれている中で、サントリーの
宮本ジェネラルマネージャの満面の笑みが印象的。

最後に皆さんで記念写真。

P1190597

前夜祭は、あまりモルトを飲むというよりは、
気分を盛り上げていきましょう、という感じで、
ハイボールだったり、軽い感じモノがほとんど。

ちゃんと飲めたのは、この日はSMWSブース
くらいのもので・・・というか、お隣のブースが
たくさんある部屋はまだ準備中でこの日は、
やってなかったのもあるんだけどね。

でも・・さすがにこれはどうなんだ。
角ハイ缶とクリアハイボール缶。

P1190497

P1190499

フィンガーフードも正直、あまり印象には
残らなかった感じかなぁ。

でも、鎧塚さんところのコイツはさすがでした。
美味かった・・・てか、単独でがぶりと食べるんじゃなく、
ちゃんとモルトとマリアージュしたいところでしたが、
あんまりそんな余裕もなく^^;

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会の後半に、翌日からのメインブースが多数
ある部屋が先行公開。有料試飲の情報を事前にチェック。
なになに、ホワイトボウモアにブラックボウモア・・ふむふむ。

P1190610

あら、デイヴさんと板井さんは
おデート中?

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たぶん、プレスの方々もすごい写真を
撮ってられたんですが、そんな中に混じって、
ちょっとパパラッチ(笑)な気分。

P1190612

受賞したての余市1990が
さっそく飾ってありましたよぉ。

P1190619

もうそろそろ終盤・・というころには、
あっ!白州でご一緒させていただいた
Margaritaさんと再会

Kaoriさんとも意気投合して、前夜祭後には
有楽町に向かって、CAMPBELLTOUN LOCHさんへ。
キャンベルさん、ずーっと行かないままだったから、
すっごい久しぶりでした・・・・(汗)

おっ・・・ミズナラあるし!
ある間に頂いておきましょう・・・

P1190695

美味しいなぁ、そしていつ頂いても
表現が難しい味ですこと。

さて・・・翌日は開会から速攻で会場入りして、
ひたすら飲みまくりますよーっ。

てか、すっかり土日サボリ気味で、
記事がぜーんぜん追いついておりませんorz

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LZ10、無念のリタイヤ・・・

よく、カメラって一眼ですよね?
と言われるのですが、わたしってばコンデジ。

2年前に手に入れた、コンデジのくせに、
絞り優先とか、マニュアル露出とかができる
LUMIX DMC-LZ10

単三乾電池も使えて、eneloopが大活躍!
だったのですが・・・

ついにカメラが異常な動きを・・・
シャッターを押すと、急にレンズが飛び出たり
引っ込んだりして、電源が勝手に落ちて強制終了。
もちろん、写真は撮れてない。
電池のせいでもなさそうで・・・

ついに・・・もう寿命なんでしょうか。

Twitterで、フォロワーさんから、
酷使しすぎ!とご指摘を頂きましたが、
まぁ、写真撮った枚数って、ハンパないですからね。
そう指摘されても、しゃーないな、と。

LZ10、最後の写真になるであろう1枚は、
自宅にお持ち帰りした、陳建一麻婆豆腐店の麻婆豆腐。

P1200806

マジで美味しい・・クソ待たされたけど(笑)

3月で立川中華街がなくなるということで、
そう気軽には頂けなくなるので、
今月は麻婆豆腐率がめちゃめちゃ高いんです。

この土日は、寝ても覚めても麻婆豆腐って感じ(笑)
もっと前から知っていたらなぁ・・・
Margaritaさんの記事で、気づいたという有様ですからね。

さぁ・・・カメラがなくては、bloggerとしては
苦しいところ。財布にも打撃ですが、
早いところ、代替機を探さなくては・・・

カメラ好きの皆さんからは、最低でも
マイクロフォーサーズ機、できたら一眼デビューを!
と言われるのですが・・・

お前、頭オカシイやろと言われるくらい、
旅先で歩き回っる性分でして、モバイル性能、
詰まるところは、重さって重要なんです。

もちろん、軽くなってきてることは、
分かるんですが、今のカメラが200gを切ってるわけで。

LUMIX GFシリーズの型落ちか、
(GF2はタッチパネル化でダイヤル無くなったので候補外)
LUMIX LX5OLYMPUS XZ-1あたりで悩み中。

でも、悩んでたらこのあとイベントだったり、
旅に出られなくなってしまうので、
早いトコ、決断したいとは思いますが・・

ま、旅先でイキナリカメラがご臨終、
という悲劇が避けられただけ、マシとしますか。

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忍び寄るこころの闇に立ち向かう。

あの地震から、2週間が過ぎました。

・・・あの日。
あの日から確実に世界は変わってしまいました。
世界・・・というか、身近な世の中が。

史上最大級の大地震。止まない余震。
誰も見たことがないような、大津波。
そして、放射性物質の恐怖。

一方で、直後から海外から日本に対する暖かいメッセージが、
"#prayforjapan"のハッシュタグの盛り上がりとともに、
Twitterのタイムラインに溢れ、100ヶ国を超える多くの国々、
特に、かつて日本が支援した国々からの募金や支援。

メディアからもあのような大災害に遭っているにも
関わらず、日本人の秩序だった振る舞いが賞賛されました。

本当に日本国民として、そのニュースに
とてもうれしく感じました。日本に住んでてよかった、と。

デマをも拡散する危うさはありましたが、
安否確認に威力を発揮したTwitter。

首都圏でヤシマ作戦・ウエシマ作戦など、
ちょっとニヤッとする名前をつけ、みんなで一丸になって、
できることをやろう、とする善意の流れで
日本全体を包み込んだ・・・はずでした。

しかし。

実際の非被災地に住む人間はどうなのか。

政府の発表のたびに、モノが次々と買い占められる現実。
必要な人に届かず、ただ不安に駆り立てられて、
早く買いに走った人が貯めこむ。

安全が確認されていても注文がキャンセルされたり、
北関東産というだけで商品が撤去される風評被害。
それに、福島からというだけでタクシーの乗車拒否や宿泊拒否。

一方で、明確な理由も明らかにされず、
「自粛」の錦の御旗のもと、次々と中止されるイベント。

明確な理由があるかもしれないけど、地震の影響を考慮・・
とか、よくわからない理由なのがほとんど。
本気でやるための努力した?

あまつさえ、ブログを更新したり、外に飲みに行ったり、
いつもの活動に戻る、つまり楽しそうなことを
しようとすると「不謹慎」と叩きに走る。

・・・表面に出てくる事象は、同じではないように
見えるかもしれません。

しかし、どちらも漠然とした「不安」にこころの闇が
スッと忍び込んで、いつもの状態になれないままの人が多い
ような気がしています。

これは、やはり異常事態です。
そして、一旦拍車が掛かったら、日本人お得意の「右へ倣え」。
みんなが買ってるから、みんな止めてるからって。

・・・よく考えよう。みんながやってるからとか空気がどうとか、
そんなことを判断基準にしてはならない。

どうしたら、充実した生活に戻れるのか。
被災しなかったわれわれが、被災地にできることは何か。
そして、真実は何か。

間違いなく、われわれがいつもの生活、いつもの楽しみ、
なにより、いつもの精神状態を取り戻すことが一番大切なこと。
そうでなくっちゃ、分からないなりにも正しく情報を集め、
正しく状況判断することなんて、できやしない。

そして、いつものように経済を回し、被災地のために、
できることを確実に「しようとする」ことが大事なのに。

買い占めも自粛も、そんな暗く醜い非日常へ
安易に転がり込んだからといって、
どこまでやっても安心などできない無限ループに陥るだけ。

こんなときこそ、いつもの自分を力強く取り戻し、
得体の知れない「こころの闇」を撥ね退ける強さと
なんとなくではなく、本気で他人を思いやる優しさをもたねば。

・・・もし、自分が被災者だとして。
被害に遭わなかった地域の人が、なんだかんだと
自粛して何の得になると言うのか?

被災しなかった地域で買い占めが起きて、
物資が届かないなど、言語道断ではないか。

原発の風評被害も、何が危険で何が危険でないか、
分からないなりにも、分かる努力をしようとしてないのでは?
分かる努力もせず、被災地を見放すつもり?

秩序立ち、思いやりに溢れる日本人など、幻想。
このままだと、海外メディアから上がった賞賛など、
われわれ首都圏の人間は、返上しないといけない。

消費の自粛と無用な買い占めによる経済の混乱、
これこそ地震・津波・放射線に続く、
そして、東北・茨城という被災地とは別に、
首都・東京で発生している第4の災害。

地震と津波は、自然の猛威のもたらした災害。
放射線は、東電の管理体質や、政府・原子力安全委員会、
保安院など・・・がもたらした人災。

しかし、この第4の災害の原因は、各人各人の
こころの内にあります。

放射性物質に起因する問題は、喫緊の電力確保の問題しかり、
放射性物質の影響しかり、さまざまの情報が飛び交っています。

これはこれで、何を以って安全と判断するか、
リスクは何か。政府の発表をどう理解するべきか・・・
などなど、難しい問題です。

が、このような不安が先走っている状況下では、
安全だと思いたい人は、安全だという情報にだけしか、
耳を傾けないし、危険だ、避難しなくてはと思いたい人は、
危険だという情報しか、受け入れなくなっていることが怖いです。

安全と危険、ベクトルは逆方向を向いていますが、
どちらも自分の中での「結論ありき」なことは共通しています。

あれ?これって、「中止ありき」「不謹慎に決まってるだろう」
「福島だからとりあえず」「みんなが買ってるから」

・・・同じものがベースになっていませんか?

買い占めや無用な自粛をしているようだと、
刻々と出てくる放射線に関する情報に対してすら、
その情報の適切性を見極め、安全・危険をその場その場で、
適切に判断し、事態を乗り切っていくことも、
ままならないと思うのです。

この記事を書く前提として、日経ビジネスオンラインの
サービス業を破綻から救え 「消費の自粛」という第4の災害,
という記事がトリガーになっているのですが・・・

静かに、そして確実に広がっているというだけでなく、
この影響は、経済だけでなく実に広範囲なのではないか?
と思い至ったわけです。

自ら消費者の立場で、声を出して、風評被害を
止めようとされてる方
もいらっしゃいます。

ぜひ、いつもの賢明なはずの自分、に戻りましょう。
そして、できることを積極的に発信しましょう。
もちろん、自分にも言い聞かせています。

消費者が企業に与えるチカラをテーマにした
卒論を書いた者としては、ハッとすることばがありますので、
少し、引用させていただきます。

> 企業の行動を変えるのは、私たち消費者一人一人の声です。
> 消費者は、企業に対して、「モノを購買する」という形で、
> 直接の影響力を行使し、企業の行動を左右することができます。
>
> 例えてみれば、企業に対する購買行為が、政治家に対する
> 選挙による投票行為でもあります。
>
> いま、その消費者の力が試されていると思います。

あと、もう1点。わたしが一番好きなFFは、
FF6なんですけど、世界崩壊後に仲間を探して回るときの
テーマになんだか癒されています。
・・・なんだか、シチュエーションが似てるからでしょうか?

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マイセン磁器の300年。

サントリー美術館でやっていたマイセン展
気になっていたのだけど、ずるずると後回しで、
やっぱり・・・やっぱり最終日に滑り込み。

P1200692

ということで、3/6に行ってまいりました。
これ、もう日本から離れているんだよね?
こんな割れやすいモノ、地震に遭ってたりしたら・・・

11日以前に日本を離れていたことを切に願うばかりです。

わたし、マイセンというとコーヒーカップの
イメージだったんですが、実に多様な進化を遂げて
ここまできているのですね・・・

アウグスト強王時代の東洋趣味に始まり、
王の死後の西洋風への急展開、
時代時代に応じて、たくましく変化して
生き残ってきた点が興味深い。

日本や中国の作風って、ここまで大きく
変貌しては来なかったと思う。

これは、ヨーロッパ起源のものが
日本で進化する場合にも、同じような多様性が
あると思うのだけど・・・

アジア発で、ヨーロッパに後から根付いたモノって、
絶対的に少ないんじゃないかな。

だからこそ、ヨーロッパにおける磁器作風の
変化の幅の大きさが、特に印象的なのだろう。

このような黄色の磁器って、やはり
どことなく中国風ですよね?
マイセンでもこういう時代があったんだ。
あ、これポストカードです。

P1200793

しばらく見とれていた、圧倒的な迫力の
メナージュリ動物彫刻「コンゴウインコ」。

P1200790

なんでも、アウグスト強王がアジアからの舶来品と
マイセン磁器で埋め尽くした「日本宮」なる御殿を
建てようとし、そこに飾られるはずだったもの。

精細で写実的な造形と磁器でなかなか
感じることのない躍動感。これは・・・すごい。

後年に栄えた小型の立像(フィギュリン)も、
なかなかかわいらしくて見ていて楽しい。

今でこそ磁器製のフィギュアってあるけど、
(ドラクエの磁器製フィギュアをいくつか持ってましたよ)
どうして日本で磁器製の像って、生まれなかったんだろうね?

産業革命期を経て、装飾技術も西洋ならではの
技術が生まれてきます。どうしてつくるのか失念しましたが、
この「神話図壺」に描かれている人物、神聖で神々しい
雰囲気がよく表されていると思います。

P1200791

ただ、写真はありませんが、フィギュアをでこでこに
飾り立てたのは、ちょっと趣味に合わなかったけどね・・・

個人的にマイセン!という感じのするブルーって、
こういう感じ。これはものすごく大きい壺ですがね・・・

P1200792

で、帰りにいつものように図録買おうかな?
と思ったら、マイセンとは全然関係ないけど、
すごーく気になる器が。しかも、1,500円。安い!
で、聞きにいくと何でも最後の1品とかっ!か、買います!

P1200802

ね、美しく深いブルーにシンプルな結晶が飛び散った模様。
この結晶部分、結晶釉薬という特別な釉薬を使い、
意図的に結晶をつくりだしているんだとか。

こちら、陶芸家の安藤寛泰さんという方の作品。
もう少し大き目の作品もあるんだなー。ほっしー。

ホントは杯っぽいんだけど、ちょっとした
オツマミ入れにいいかなーっと。

サントリー美術館、前回もお皿買ったんだよな・・
行く度に食器が増えたりして・・・(笑)

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SMWS Tokyo Spring Bottle Sampling 2011。

もう・・・時系列メチャクチャですが、
書きたいものから書いていきます(笑)

地震の恐怖覚めやらない3/14。
汐留のパークホテル東京にて、
SMWSの春の新作ボトルのティスティング

P1200738

まぁ、相変わらず見慣れた方々がいて。
ホントお好きですね・・・
お前もじゃと言われそうですがね(笑)

ほんのわずかの間、余震の恐怖を忘れ、
ティスティングをしてきましたよ。

ある意味、あの階で地震に遭ったら、
マズイな・・・とは思っていたのですが、
万が一のことは覚悟の上。

今回は・・・なぜか熟成年数が若めのほうに
関心が向かいましたね。

もっとも、気になったのが123.5 GLENGOYNE 8yo。
香りが華やかで妖艶な甘みに包まれていて。
味わいとしては、甘みの中にも梅や紫蘇の酸味や
渋みが感じられ、スコッチで梅の風味か
・・とやや意外な印象。

解説には紅茶、紅茶って書いてあったけど、
渋みの感じ方の違いなんだろうか?

Portcharlotteは、どちらも美味しかったが、
127.7 Portcharlotte 7yoのほうが、より好み。

セロリっぽい香りが強い野菜や花火のような火薬の
匂いとしてピート香が感じられる一方、
味噌汁のダシやオイスターの旨味のようなものも。
変化の幅としては、なかなか飽きない。

一番の目玉?のGlenmorayは、Whisky Live!にも
有料試飲で出ていたアレ。35.50 Glenmoray 47yo。
甘い樽香を中心として、コク深いチョコや、
ちょっと花火系の煙さも顔を出し、めっちゃ好み。

・・・好みではあるんだけど、1本36,000円はねぇ。
47年熟成と考えると、さもありなんなんだけど。

もし2万円を割ってくる値段だったら、
買っていたかもしれないけど、この値段で・・・
という感じが正直否めない。

あと、度数が40度ということもあって、
それぞれの香り・味わいに
パンチが弱いかな、という印象も。

焼肉系の3.162 Bowmore 17yoや、
25.54 Rosebankなんかも気になるけど・・・
ボトルに手を出すほどじゃなかった。

ということで、今回は127.7と123.5を
1本ずつ、って感じかなー。

ボトルが増える一方だよ・・・まったく。
ずいぶん家飲みして、減らしたはずなんだけど(笑)

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特別講演・寛永度天守の魅力と実像 Part II その5。

■平和の象徴・・としての江戸城天守

実は、江戸城には他の城には見られない特徴がありまして。
それは・・石落し鉄砲狭間がひとつも、
見当たらないんです。

石落しも鉄砲狭間も、いずれも鉄砲を撃つための穴で、
よく天守や城壁に、丸や三角の穴がある・・アレです。

姫路城は、現存天守で最も鉄砲狭間が多い天守らしく
世界遺産の登録も防備上の工夫がよくされた点を
評価されていたそうですが・・・

江戸城寛永度天守には、ホントに石落しはなかったようですが、
鉄砲狭間は隠されており、非常事態には使えるように
穴が開いていたようですが、普段は見えないのです。

すでにもう元和偃武から久しく、
武力で支配する時代が終わったことを暗示している・・・
という平和の象徴としての天守だったのが、大切なところ。

このあと、内部CGを見せていただきましたが、
外観もさることながら、講演であった圧倒的な空間の広さと
部屋の数の多さ・・さすが、わざわざこの高さの天守を
5Fにする意味というのがよく感じ取れました。

そして、窓ですがある方角の窓は常に閉まっていまして、
これは、将軍・大御所の住まいの方角は開けない
という決まりになっていたから。

本丸御殿は、天守の南方。
そして、大御所の座する西の丸は文字通り西。

ということで、窓が開けられるのは、
北と東。もし、再建できた暁にもこうしておけば、
一般庶民が、皇居を見下ろすような不敬をせずにすむ・・
ということにもなるとか。

で。主催が「江戸城再建を目指す会」ということで、
木造でホントに建造できるのか?という質問への答え。

再建するなら木造でないと意味がない、と。

鉄筋コンクリートの耐用年限は約50年。
戦後に再建された鉄筋コンクリートの天守は
ここ20年程度で取り壊さざるを得なくなるだろう、
というのが、三浦先生の読み。

木造なら、何百年も耐えられます。
そして、姫路城が解体修理しているように
修理すれば、どんなにも長く使えるはず。

51cmや36cmといった太い木材なら、
林野庁が管理する森林に豊富にあるらしいんです。

でも、そんな太い木材は普通使わないし、
バラバラに切ってしまうと、節が出て値段が落ち、
切り出す費用と売却価格が同じになって使い物にならんと。

これを有効に活用するという意味でも、
天守を建築できる宮大工の文化を継承していく、
という意味でも、ぜひともいつの日か再建できたらな、
と思うのでした。

このあと、懇親会にも図々しく参加させていただき、
理事長さまや再建を目指す会の会員の方と
お話させて頂きましたが、若い(!?)方が興味を持ってくれるのは
とてもうれしいと口々におっしゃっていただきました。

費用はかなりに上るでしょうし、この講演の後、
東北大震災の爪痕が著しい現在、すぐにどうこうというわけには
決して行かないとは思いますが、江戸城天守がそびえる日が、
いつか来ればいいなと思いながら、会場を後にするのでした。

で、今年「江戸城再建を目指す会」。江戸城を偲ぶ
江戸ウォークの会などもありますので、
興味のある方は、ぜひアクセスしてみてください。

わたしもできる限り、応援したいと
思っております。

江戸城再建を目指す会

■おまけ

実はですね、懇親会途中で抜けてきたんですよね。
それは?Nikka Blender's Barでのブレンド教室。

以前はイベントでしたが、4名以上集まれば、
ブレンド教室を開いていただける・・とのことで、
kaikoさんはじめ、数名をお招きし一路南青山へ・・・

ま、相変わらず本作よりも、試作のほうが好み・・
という感じでしたが、今回はグレーンを入れずに
ピュアモルトに挑戦しました。

P1200125

次はもう配合を考えるんじゃなくて、
前回のブレンテッド試作とピュアモルト試作のレシピで
いっぱい作って、Blender's Barにボトルキープしておきたい・・・
そう思ってしまいました(笑)

P1200127

で、昨週の海江田大臣が大規模停電かもぉーって、
言った途端にどの会社も「すわ、一大事」とばかりに
一斉に帰宅指示を出して、どの駅も大混乱・・・でしたよね?

あの日、Blender's Barを再訪し、自分のつくったピュアモルトを
愉しみながら時間を潰したのですが。

やっぱり、試作のほうが好みだ・・
気のせいではなかったorz

で、嵐が去った頃に、ガラガラの電車に
余裕で座って、帰ったのでした・・・

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特別講演・寛永度天守の魅力と実像 Part II その4。

もうね、城好き・・というか城郭建築好きには
たまんなくってね、ぞくぞくしながらお聞きした講演会。

さぁ、これからは天守壁面についての
解説が続きますよ!

■壁のデザインにもヒミツ。

天守壁面は、上半分が姫路城などで
お馴染みな白漆喰塗、下部が銅板貼・黒チャン塗。

チャン塗りとは、松脂からつくった、コールタール
のような黒い塗料を防錆の目的で塗るもので、
当時の最先端技術がここにも現れていたんですね。

実は白漆喰って、見た目は美しいのですが、
傷みが早く、特に雨には弱いようです。
事実、姫路城などでもよく塗り直しが
されているんですね。

で、雨に濡れやすいところを銅版で覆い、
なおかつ黒チャン塗りで防錆、という極めて
実用的な理由でこうしたツートンカラーになってるわけ。

こんな巨大天守、しょっちゅう漆喰の塗り直しなんて
やってるわけにはいきませんからね!

この黒チャン塗り、屋根にも塗ってあったと
推測されるようで、黒色だったんだって!
でも、明暦大火の頃には青錆になってたとか・・・

ってことは・・・カラーリングとしては、
はじめはかなり大坂城に近い
漆黒の天守になっていたんですね。

屋根の黒チャンがどうしてそんなに早く落ちるのか、
というのは気になりますね。
てか、復元CGも黒い色にしてよーって言いたい!

ま、同じ黒くても、豊臣大坂城のほうは黒漆ですから、
経年劣化には、江戸城寛永度天守のほうが、
耐性はあったのかもしれませんね。

当初は、豊臣家を上回るものとしての白天守、
そして、家光時代には黒天守。やはり、格式の高さは
黒天守ですよね。

そういう意味だと、徳川大坂城が白天守なのも、
意味ありげな感じがしてきます。黒天守は天下人の天守、
なのかもしれませんね。

■穴蔵・・・そういう意味があったのか!

さて、内部構造の解説に進んでいきます。
まずは、地下1階の「穴蔵」。

石垣の上から1F、2F・・・と数えていきますが、
入り口のあるのは石垣に囲まれた地下1F。

実は天守台というものは、真ん中が窪んでいて、
周りを堤防のように石垣でくるんで造ってあるもの。

天守の重量のほとんどは、この穴蔵の地面によって
支えられているんですね。石垣が支えているのは、
1F、2Fの石垣の真上にある一部のみ。

天守は石垣の上に・・というか石の上に
建ってるものだと思いがちですがそうではないんですね。

で、この石垣に対する荷重のかけ方も
絶妙であって、石垣というものは重みを掛け過ぎても
壊れやすいけど、掛けなさ過ぎても壊れやすいとか。

三浦先生がおっしゃった例をそのまま言うと、
煎餅を縦に重ねて、机を揺さぶると崩れる・・まぁ当たり前。

煎餅の上に指一本で押さえると、崩れにくくなるし、
強い力で押さえ過ぎると、また崩れる・・・
そういうことらしい。石垣はちゃんと建物が建っていたほうが、
崩れにくい、ってことなんですね!実に合理的。

さらに、穴蔵の底には太さ60cmの角材が碁盤の目のように
敷き詰められていて、天守の重量を柱にだけ掛けるのではなく、
分散して、面全体に均一に荷重をかける工夫も。

■天井の高さも超巨大サイズ!

さて、各階の高さ。さっきの記事で、

> ちまちま階数を稼いじゃダメで、どーんと高さをとって
> 空間的に圧倒しないとダメなんですって。

って書きましたが、実際の大きさは、
姫路城の各階の高さの約2倍の高さがあるそうで、
一般民家の3F分に相当するんだそうです。

なおかつ、床面積が24畳敷の部屋ですと、
現代の木造二階建て住宅がこの部屋にスッポリ入るとか!

■天守を支える超巨大柱。

天守を支える木材は、ヒノキ。
尾張木曽檜が使われていたそうです。
そして、その太さがこれまたハンパなく太いのです。

例えば、1F部分に使われている柱が、
一尺二寸と書かれてあり、なんと36cm角!
明治時代の農家の大黒柱にも相当する極太柱が、
ずらっと並んでいたわけなんです。

ちなみに、現代の木造住宅が大体10cm角。
断面積にして、約13倍になります。
この13倍の断面積で、十分に江戸城を支える強さが
まかなえるわけです。

また、10cm角の木材と比較して、
地震の横揺れで木材に掛かる力に耐える力が
約168倍にもなるんだとか。強い!

さらに!1Fにはありませんが、2F~3F、
3F~4Fに掛けて、通し柱があったようで
こちらと10cm角を比較すると、対抗強度は
実に、676倍にも及ぶというのです。

先ほど、関東大震災クラスの地震では
ビクともしない・・というのはこういう点を
踏まえてのことなんですね。

むー、大丈夫過ぎるくらい大丈夫、というのは
俄かには信じがたいですが、東北大震災クラスの
M9.0の地震でどうなるか、というシミュレーションを
ぜひ、して頂きたいものです。

まだまだ、続きます。

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特別講演・寛永度天守の魅力と実像 Part II その3。

さて、度肝を抜く大きさへのコダワリ・・・
まだまだ続きますよ。

■限界への挑戦。

これ、三浦先生が今回初公開なんですがね。

江戸城って、左右対称をひとつの美意識として、
持っていたようで、これを維持しながら、
最大の天守を建てるには、この18間×16間が
物理的に最大だったようなんですよね。

天守は、入り口だけは必ず芯を外してつくるのが
鉄則ということで、ここだけは外れているのですが、
それ以外は、完璧に左右対称になっています。

で、窓の設置が柱と柱の間につくる様式になっていて、
この方法でいくと、18間×16間のように、
偶数間数になっていないと、窓が左右対称に
設置できないそうで、左右対称にしながら、
更に大きくするには、20間×18間ってことになりますね。

しっかーし。これだけで見た目はそう大きくなったように
見えないのに、体積が2倍になってしまったり、
一階あたりの高さが高くなりすぎて柱がもたない、
など、いろいろと不都合が出てくるんだそう。

ということで、天守への美意識を維持しつつ、
大きさの限界に挑戦した・・・
それが江戸城天守だったんですな。

■来る者を圧倒するための「大きさ」。

もうね、大きさに関することは、
どれをとっても超巨大なんですよね・・・

天守の最上階屋根の鯱は、木造で金の板を
貼り付けてあったらしいですが、その金の重さだけで
400kgもあったんだとか・・・

18間×16間の1Fフロア。これを坪数に換算すると、
なんと392坪。江戸間が784畳敷き詰められる大きさ。
ということは、東京で一般的な6畳間が130室・・・
これってもう、大きなホテルって感じですよね・・

でも、天守階数って内部五階・外観五重なんですよ。
あんなに大きな天守なら、七重でも九重でもできるんじゃない?
って、思いませんか?内部階数も安土や大坂、姫路は
五層六階建てだったらしいし・・

その理由。五階建てなのは、各階の高さを高くとるため。
五層なのは、見た目の美しさ重視。

特に五階建ての理由については、なるほどなー
とものすごくナットクしたわけですよ。

徳川将軍の威光を存分に見せ付けるためには、
ちまちま階数を稼いじゃダメで、どーんと高さをとって
空間的に圧倒しないとダメなんですって。

他の城と同じくらいの感覚だと、九重天守くらいに
なるみたいなんですね。そこを、どどんと圧倒的にかつ、
美しく見せるための設計、それが五階五重天守。

天守の高さは、石垣部分が14m(現存は12m)、
天守部分が45m。これを合わせると59m。

現代の建物なら、19階建てのマンションくらい。
これが木造で建ってて、更に5階にしか
区切られてないわけだからね。

■銅瓦葺き屋根の実用性。

江戸城寛永度天守は、屋根がすべて銅瓦でした。
あの緑っぽい色は、銅瓦の証。

江戸城以降では、幕末の弘前城再建天守が
それに総銅瓦だそうですが・・・・

わたしね、どうもあの緑の屋根って如何なものかな、
と思うんですよね。デザイン的に。
絶対、黒い焼き物の黒い瓦のほうがイイ。

・・・のですが当時の感覚としては、
銅という貨幣にもなるようなもので屋根を作る・・
さすが上さまだ、ということだったようです。

さらに、当時は気づかれてはいなかったようですが、
屋根を銅葺きにすることで、
屋根がものすごく軽くなってるらしく。

江戸城の屋根瓦は、木の瓦に薄い(1mm)くらいの
銅板を貼り付けてあったとかで、ものすごい軽いそうです。
これにより、建物に掛かる屋根の重みが1/30。

特に、あれだけの大天守になると、
屋根が軽くないともちませんね・・結果論とはいえ、
この巨大天守には、銅瓦が適していたのかも。
# あ、家康の鉛瓦天守もやはり同じなんだろうなー。

軽くなるということは、地震にもそれだけ強い・・
関東大震災クラスの地震にもビクともしない・・
と三浦先生はおっしゃってましたが。

大正時代の関東大震災のときはM7.9。
そして、阪神淡路大震災は、M7.3。

しかし・・・先日の東北地方太平洋沖地震は、
かつて例を見ないM9.0。正直、このクラスの地震に
木造天守が耐えられるのか・・には不安があるなぁ。

ま、専門家ではないので、ハッキリしたことは
わからないけどね。

さて・・・次は天守壁面のヒミツへ。

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特別講演・寛永度天守の魅力と実像 Part II その2。

さて、家康没後の話に参りましょうか。

■元和度天守と寛永度天守のとんでもない造替え。

家康が没すると、二代将軍秀忠は白い天守を
すっかり取り壊してしまい、北側に天守台をずらして、
天守を再建したそうで・・・これが元和度天守。

慶長度天守のあった場所は、ちょうど大奥ができるところ。
大奥御殿をつくるために、江ちゃんに
ちょっとアンタ、天守どかせてよ!と言われた秀忠くんが、
すごすご・・だったかどうかは別として、
まぁ、あっさり取り壊してつくりかえるわけ。

当時最も大きな天守の取り壊し、建て替えは
ものすごい労力と資金が必要だったしょうが・・・

さらに、秀忠没後、家光はまた取り壊して、
少し天守台をずらし、デザインもほぼ同じなんですね。
とてつもない財力を見せ付けたいのかなんなのか。

江戸城天守よりももっと規模が小さな姫路城が
戦後に解体修理の際も、ものすごい巨大プロジェクト
だったわけだし・・・

江戸時代中期の名古屋城の天守台石垣修理の際などは、
全部天守解体するお金がなくって、天守の一部だけを
解体して、どうにか石垣を積みなおしたそうですしねぇ・・・

■寛永度天守の短い命

家康が江戸入府してから16年後に慶長度天守創建。
そして、さらに16年後に元和度天守創建。
さらにさらに、16年後に寛永度天守創建・・と、
16年周期が続くのですが・・・

寛永度天守は創建後、19年後、明暦大火(振袖火事)と呼ばれる
江戸の大火事で、江戸城にまで延焼し、
寛永度天守はすっかりと焼失。

今は天守台が、皇居東御苑(元本丸)に残っているのみ、
なのですが、これは焼失後に新たに積み直されたもの。

当時の石を使ってるかもしれないけれど、
寛永度天守が建ってるころよりも、石垣が2m低いとか。

■寛永度天守の設計図のヒミツ。

寛永度天守は、建てた棟梁が描いたとされる
「縦地割図」が残されており、これを現代の設計図に
書き直せば、設計図はできるはず・・なのですが、
とんでもなくめんどくさく、大きすぎて
誰も手をつけてこなかったとか。

コンピュータ製図ができるからこそ、
設計図がなんとかできたようなもので、
ほんの15年ほど前は、手書きするしかなかったとか・・・
こんなところにも、IT技術の恩恵があるんだな、と感心。

「縦地割図」には、地下1階の穴蔵から地上5階までの
平面図だけではなく、破風や通し柱の位置、
壁を剥がした骨組みの様子、梁の太さや材質、
組む方法、窓の高さや位置までしっかり描かれ、
さらには、建築現場で何日に何をやったかという日記も
詳しく書かれている貴重な資料。

おそろしく緻密な資料なのに、全部手書き・・・
というところもすごいんです。棟梁や大工さんたちの
苦労が偲ばれますね・・・

携わった大工はのべ28万人。常時1,000人以上の大工で
建築工事をしたとのことですから、
ものすごい人海戦術というか、力技です。

仮に・・・人当たり日当25,000円とすると、
工事の人件費だけで約70億円にも上る計算・・・

しかも、穴蔵(地下1階)の柱を立ててから、
天守屋根の鯱を設置するまで、なんと3ヵ月半!

一般的に、この1/20程度の三重天守の
標準復元工期が2年~3年と言われているそうですから、
いかに将軍の権力をつかった大工事かが分かります。

■大きいことはいいことだ?

地下1Fは資料から溢れるほど大きいらしく、
この日の解説では、地上1Fから5Fまでを資料で解説。
天守内は外周が武者走りと呼ばれる廊下、
そして、内側にいくつも部屋が並んでいるという構造。

部屋の中は、すべて畳敷きだそうで、そもそも
天守の部屋は畳敷きが普通。姫路城のような現存天守でも、
今では畳はないのが普通なのだけど、
お金がないから取ってしまっただけ、なんですってね。

そして、驚愕すべきはその大きさ。
畳は、京間と江戸間など大きさが地方によって、
違ったりしますが、城は京間を使うのが一般的。

しかし、江戸城天守は一番大きな京間よりも更に大きな、
大京間と呼ばれる畳を使用。時代を遡れば、
織田信長の安土城天守、豊臣秀吉の大坂城天守、
徳川家康の名古屋城天守にも使われ、天下人が建てる城で
使われる大京間畳は、それだけでも天下人の証だったんですね。

また、ひとつひとつの部屋の大きさもハンパない。
このような大きな畳の部屋が18畳敷が8部屋、
24畳敷も8部屋という圧倒的な部屋数と広さ・・・

室町時代の書院造では18畳間が最大の部屋として、
1つあるのが通例だそうですが・・

そして、1Fフロア全体が18間×16間と
日本の天守最大。江戸城の場合1間=7尺換算ですから、
約38m×34mのフロアということになります。

ということで、とにかく「大きい」ことに
こだわりぬいた天守、ということがわかりますね!

さらに、これ以上大きな天守って
つくれないそうなんです・・・というところは
次の記事で。

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特別講演・寛永度天守の魅力と実像 Part II その1。

すいません、しばらく更新がストップしておりました。

いわゆる、最近流行のこういうときに
「不謹慎」なのでは・・・というのでは決してなくて、
単純に書くための十分な時間が
取れなかった・・・というだけ。

さて、もう1ヶ月にもなりそうなので、
そろそろ再開しないと・・・いつまで経っても、
前に進めませんからね。

さて、少し時系列としては前後しますが、
2/23に開催された寛永度江戸城天守に関する講演会

P1200123

これ・・・城好きには、願ったり叶ったりの
講演会なんですよねぇ!

ご登壇されるのは、広島大学大学院の三浦正幸教授。
東大工学部をご卒業され、一級建築士の資格をお持ち・・・

ということは、城の歴史のみならず、構造面にも
非常にお詳しく、城の復元に多く関わってこられたそう。
日本の城郭研究の第一人者といってもいいのではないでしょうか?

実は、わたしも以前から三浦教授のHPを見ていて、
今はなき城たちの復元図を眺めながら、
ウハウハしてたわけで(笑)
# と、とくに豊臣大坂城・・・

前回、Part Iがあったそうなのですが、
それだけでは語りつくせない・・ということで、
めでたくPart IIの開催と相成ったそうで。

それでは、江戸城天守の魅力に迫る講演の始まり!

■寛永度天守、とは?

そう、寛永度って何?と思う方も多いかもしれません。
それなりの城マニアであるわたしは知っているのですが、
江戸城天守は3度建造されているんですね。

初代:慶長度天守(徳川家康)
二代:元和度天守(徳川秀忠)
三代:寛永度天守(徳川家光)

これらの天守を区別するために、建造された年号で
区別しているというわけ。今回の主人公である三代目天守は、
寛永15年(1638年)の建造とのこと。

ちなみに、江戸城を最初に築城した太田道灌の頃には、
天守などないので・・あしからず。
巨大天守のさきがけは、織田信長の安土城ですからね。


で。

江戸幕府の初期3人の将軍により、つくっては壊し、
またつくっては・・を3度繰り返しているのですよ・・・

そして、慶長度天守と元和度天守は、資料が非常に少なく、
大まかな姿は分かっても、詳細はほとんど分からず、
復元は難しいということ。

それに、両天守は現在残っている天守台の上ではなく、
それぞれ別の場所に別の天守台の上に建っていた、
ということから考えても、復元を考えたときには、
寛永度天守しか、ありえないということになるわけです。

■慶長になって初めて天守を建てた家康の真意。

さて、寛永度天守の話に入る前に、慶長度天守の話。
慶長年間・・というと、1596年~1614年。
ちょうど、豊臣政権末期から豊臣政権崩壊(大坂夏の陣)の頃。

一方、東海一の弓取りと言われた家康が、
小田原の北条氏滅亡後に、秀吉の命で関八州へ移封され、
江戸城に入城したのが、1590年。

つまり、慶長年間に入って初めて天守を築いたわけで、
豊臣政権下で五大老筆頭として座していた頃は
小規模な天守であっても、あえてつくらなかったというわけ。
三浦先生がおっしゃるには、ここに江戸城の価値がある、
というわけなんですね。

当時は、秀吉の大坂城が最も規模が大きく、
五大老の毛利輝元の広島城、宇喜多秀家の岡山城も、
大坂城よりは、ひとまわり小さい天守。

そして、形状やデザインも大坂城天守の特徴を
かなり受け継いでいるデザインだったりするわけです。
(わたしはこの豊臣系天守の方が、圧倒的に好きなんですが)

仮に家康が天守をつくろうとするならば、
同様の天守を立てざるを得なかっただろうし、
城のシンボルにもなる天守が、豊臣政権に屈服した
証になってしまう・・・

そしてなにより、毛利や宇喜多と同レベルに
見られるのが気に食わない!ということも
あったかもしれないんですね。

ある意味、天守を建てないということが
豊臣に完全に屈服してないというサインだったかも
しれないわけです。ただ、秀吉はそれには
ツッコミは入れなかったですがね。

■慶長度天守のデザインに隠された政治的な意味。

家康が江戸城入府して16年後の1606年。
ようやく天守の建造に取り掛かり、翌年に完成。

少ない資料のなかでも分かることとして、
屋根瓦が鉛瓦、壁も白漆喰総塗籠だったということが、
分かっているのだそうです。

鉛瓦・・・といえば、金沢城が鉛瓦。
こちらは2007年に金沢を訪れたときの石川門。

Kanazawa3

見て分かるとおり、瓦が白く輝き
とても美しいのですが、当時の豊臣大坂城は、
黒漆で下見板を塗り籠められた漆黒の城。
そして、黒漆の壁面には金箔を押した菊と桐の紋で
飾られていたというのです。

世界遺産にも指定されている京都・醍醐寺の三宝院唐門(国宝)が
その豊臣大坂城の壁面に近いらしく、昨年復元された
様子をみると、その豪華さがイメージできます。

で、一方の慶長度江戸城天守は、まばゆく白光りし、
そして、大坂城をはるかに超える巨大な天守。
なんでも、床面積は2倍、高さは1.5倍、体積は3~4倍、
と言いますから、まるで富士山のようだと言われたそうです。

明らかに、豊臣と対峙する徳川のイメージを
鮮明に打ち出し、新たな天下人・徳川将軍にふさわしく、
政治的な権威をモミュメントだったわけですね。

さらに、名古屋城や駿府城など、大坂城を超えるクラスの
天守をどんどんつくっていき、その後大坂冬の陣で豊臣家に
味方する大名家がいなかったことでも分かるように、
徳川家の権威を示すには、十分だったのでしょう。

・・・ということで、まだまだ続きます。

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One Japan, One World.

仙台で地震が起きました。
かつて日本を襲ってきたどの地震よりも
強大なM8.9 9.0の大地震。
3/13 12:28修正)

わたしもちょうど仕事中だったのですが、
あの神戸の悪夢を思い出させる揺れが
長く、長く続きました。

そして時が経つにつれ、徐々に明らか
になってくるその爪痕。

地震は、ただ単に建物が倒壊するだけではなく、
火災・津波などを連鎖的に引き起こす災害。

事実、建物の倒壊以上に、市原の石油コンビナートの
大爆発や、福島原発の異常停止、それに津波が
引き起こしたかつてない規模の大水害など、
損害は多岐にわたっています。

あまりに強大な上に連鎖して発生する恐ろしさ。
ただ、恐ろしい映像に呆然とする他がなく。

でもそんな中で、Twitterがこういう災害時の
インフラになるんだ、ということを肌で実感して。

災害やトラブルの際に力を発揮することは、
海外からのニュースでは聞いていたのですが、
今回、それを強く実感した格好。

電話が通じなくても、i-modeやezwebが
つながらなくても、Twitterは生きてる。
生きた情報が手に入る。まさにライフライン。

事実、仙台や会津にいる方々の安否も、
Twitterで知ることができたわけです。

ガセネタも実はあって、踊らされてばっかじゃねーの、
とせせら笑う不届き者もいたようで、
すっかりわたしも乗せられてしまったわけだけど・・

普段は、コミュニケーション密度が高すぎて、
うまく調整しないと情報の海に溺れてしまうな・・
と感じるTwitterですが、その密度や早さが
持つチカラは、災害の際に遺憾なく発揮されるわけです。

東北の各自治体、NHKや総務省などが
出すツイートですばやく状況を知ることが
できる・・・という現実問題はもちろんのことだけど、
被災者の方々や被災者のために何ができるだろう、
と悩むわれわれに対しても、こころの支えなる
ような励まし、助言がたくさんがあってね。

すごいな、みんな考えてんだな、
いろんな多様な思いが渦巻いてるんだけど、
日本がひとつになって、前に向こうとしている・・
そこだけは同じベクトルになっているな、
そんなことをすごく感じたのです。

いくつか紹介しましょう。

どSルシフェルさん

> 被災に合わず、ただ見ているしかできなかった
> と落ち込んでいる奴。「こんなときに仕事なんて」
>「バイトなんて」「勉強なんて」と思っている奴。
> 健康で無事で安全なら、いつも通りに生活しろ。
> いつも通りに笑って、いつも通りに生きろよ。
> そのお前の普段どおりの行動こそが、
> 何よりも日本を活気付ける。

桑原 望さん

> 長岡市は、7.13水害、中越大震災、、豪雪災害と
> 多くの災害を経験してきた。その長岡市の職員は、
> 災害に対して多くの経験を持っている。これから、
> 長岡市の職員が応援で、被災地の支援に行くだろう。
> 長岡市の住民サービスが多少低下しても、
> 長岡市として、出来る限りの支援を行うことを望む。

YASさん

> こーゆーまとめを見るたび、日本っていいなって思う。
> 励まされる。 http://ideapad.jp/d9385fb4/show/

そして、さらには世界からの暖かいことばの数々。

コピペ道場さん

> BBCめっちゃ誉めてる。地球最悪の地震が
> 世界で一番準備され訓練された国を襲った。
> その力や政府が試される。犠牲は出たが他の国では
> こんなに正しい行動はとれないだろう。
> 日本人は文化的に感情を抑制する力がある。
> 広島の原爆でも、日本人は丁寧な言葉遣いで
> 助けを求めたと言う話がある。とか。

桐たんすさん

> 外国人から見た地震災害の反応。物が散乱している
> スーパーで、落ちているものを律儀に拾い、
> そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。
> 運転再開した電車で混んでるのに妊婦に席を譲るお年寄り。
> この光景を見て外国人は絶句したようだ。
> 本当だろう、この話。すごいよ日本。

柴田淳さん

> 泣けて来ますね。有難い。日本人はこの優しさを
> 決して忘れない。RT @gpz250r: @shibatajun
> 国連の潘基文事務総長コメント]「日本は今まで世界中の
> 人達を助けてきてくれた。今回、国連は日本国民と共にある。
> われわれは日本のために全力を尽くすだろう」

そして・・・なにより感じ入ったのが、
ハッシュタグ #prayforjapan。

イデトモタカさん

> 【祈り】Twitterではいま、日本で起きている
> 地震のニュースを知った、世界各国のたちが
> 「#prayforjapan」というハッシュタグをつけて、
> 日本にいる人たちの安全を祈っているそうです。
> ぼくも、祈ることはできるので、祈ろうと思います。

nahayoさん

> 涙がでる…世界の愛がRT @oku_mura:
> すべての日本人。これ見て。世界からだよ!
> http://bit.ly/g55VB6

そう・・そうなんだよ。
日本ってこんなに愛されてるんじゃないか!
世界のみんながくれた元気。
うれしくて、何度も涙が出ました。

そして、最後。しばじゅんのツイートから。

柴田淳さん

> 海外の救助が間もなく到着し始めて、
> 世界が一つになってる気がする。
> 世界はひとつなんだなって思う。

そうだ。日本がひとつになってるだけじゃなくて、
世界も日本に寄り添ってくれている
・・ひとつになってくれてる。

これから、日が暮れるにしたがって、
電力が不足してくると予想されています。
これに向けて各電力会社から節電が
呼びかけられています。

みんなが分け合って少しづつ電気を送る。
わたしはそれが、ドラゴンボールの魔人ブウ編で
地球のみんなから、少しずつエネルギーを
分けてもらって元気玉を作り出し、
ついには強大な魔人ブウを倒すシーンと重なりました。

One Japan, One World。
世界のみんなの祈りを命につなげるためにも、
日本が一丸となって、電力を少しでも東北の方々へ。

特に、中部・西日本の方のご協力が
チカラになるそうですよ。

(追記)
どうもそうではないらしい・・・
情報が錯綜している・・

(3/13 追記2)
西日本の60Hz地域は50Hzに変換する必要があり、
変電所の能力に限界があるそうです。その量は100万kW。
大阪の平松市長のツイートによると、その量は確保済。

むしろ、関東その他被害が少ない50Hz地域での
節電が効果を出すようです。引き続き、節電を。

日本の様子を海外から見た方々の記事、
こちらでもまとめられています!
http://koko-hen.jp/archives/2733677.html

(3/17 追記3)
ココログを運営している@nifty経由で、
募金をいたしました。
よかったら、こちらからどうぞ。

Bokin

そして、企業の皆さん!
ネオンを明々してちゃダメですよ!
一般家庭の何倍もの電力消費。
今すぐStopする準備をしてください!

さぁ・・・これから節電に向けて、
買出ししなくっちゃ。

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CP+ 2011。

さて。長野から帰ってきた翌朝から、
横浜・みなとみらいで開催されたカメラの展示会
CP+ 2011に開場とともに参加!

P1180851

あまり信用してもらえませんが、
いまだにカメラって初心者から抜けてないんですよね。

ということで、一眼な方のレンズコーナーとかには
今のところ、あまり足は向かずもっぱら、
有名どころのカメラメーカーのブースで、
最新のデジカメ&マイクロフォーサーズ機のチェック。

■CASIO

のっけから、ガジェット欲を駆り立てられる
カメラを発見・・EXILM TR。

P1180857

カメラ部と液晶、そしてフレームのみの構成で、
ビデオカメラチックに持ったり、
三脚で固定するみたいに、安定したところで
撮ってみたり・・・

P1180863

自分撮りにも。

P1180864

フレーム部分を持って、高いところから撮影するとか、
アイデアが活きそうな感じ。

ただな、複数のカメラを同時に持ち歩くって、
んんー、ちょっと難しいな。

あと最近はこうしたアーティスティックな表現を
カメラだけでやっちゃうのが流行ってますね。

P1180870

わたしはblogでありのままを載せるだけ・・
なので、活躍の機会は低そう。

こちらは、ZR-100。
そっかーこのクラスで、光学ズーム12.5倍とか
なんだなー・・

P1180874

最近、ホント乾電池対応が少ないので、
もうそろそろこだわれないかな・・というところで、
約450枚撮影というのは、スペアバッテリ1個あれば
まだ許せるレベルかな。

あと、今のLUMIX LZ-10を使っていて、
いい加減ダイナミックレンジの狭さがキビシイ・・・ので、
(おそらくコンデジにしてはだろうけど)
ハイダイナミックレンジを謳っているのは注目。

モードダイヤルもLUMIXから乗り換えるには
自然な操作性で好感が持てそう。

P1180876

マニュアル露出、シャッタースピード優先、
絞り優先はしっかりサポート。

■Panasonic

昨年、気になっていて結局買わなかった
マイクロフォーサーズ機・GF1の後継機であるGF2。

P1180926

Panasonicがラインアップ全体で、
タッチ!を推しているということもあって、
GF2もタッチ操作がウリ。

そのためモードダイヤルは廃止・・
いやーん。それだったら型落ち探して、
GF1買うっちゅーの。

仮に、GF1を買ったとしても、
今後はPanasonicとお付き合いはできないかなぁ。

■OLUMPUS

今回イチバン気になったのが、OLUMPUS XZ-1。
レンズ一体型ではあるのだけど、
撮像素子がちょうどコンデジとマイクロフォーサーズの中間。

P1190070

そして、わざと画素数を抑えて1画素あたりの
受光面積を約2倍にし、ハイダイナミックレンジを実現。

CASIOのZR-100のハイダイナミックレンジが、
露出の異なる連写画像から適切な明るさの部分を
切り出して合成している・・という、半ば強引な方法で
あるのに対し、実に正攻法という感じのアプローチ。

モードダイヤルもしっかり付いてるし、
シンプルなデザインも、好感度高いですね。

そしてなにより・・・モバイル性能。
まぁ、このblogを見てくださってる方は
お分かりかもしれませんが、ものすごく出歩くんです(笑)

PCだって、500g以下の機種を持ち歩いてるんで、
できるだけカメラも軽いほうがいい!

こんな比較をしちゃいけないんだろうけど、
今のLUMIX LZ-10が乾電池・SDカード含め、約188g。

で、ZX-1が275gとかなりいい感じ。
性能の向上の割には、重量アップが少ない。

一方で、例えばマイクロフォーサーズ機の
LUMIX GF-1だったら、パンケーキレンズ付きで442g、
標準ズームレンズで537g。

GF2になって軽量化はされてるけど、
パンケーキレンズ装着で365g、
標準ズームレンズで475g。

・・これでも、世界最小最軽量なわけで。

マイクロフォーサーズの画質をとるか、
300g以下の機動性をとるか。うむむむ・・・・

ちなみに、光学ズームは控えめの4倍ってとこには
留意をしておく必要はあるな。

あと、新製品だからね。お値段はまだ高め。

GF1か、XZ-1のどっちかだな・・買うとすると。
昨年と違い、もうそろそろ限界なので、
いい加減、思い切って買おうとは思います。

ちょうど型落ちのGF1と新製品のXZ-1、
同一価格帯になっているような。

むむー、でも、悩ましい。

■Pentax

あと、PentaxもK-xの頃にイベントに行ったんですがね。

P1180953

K-rになっても、どうも操作が慣れなかったのが、
印象に残っちゃってね・・候補に入らないのですよ。
乾電池が使えるのはウレシイんだけど。

こちらは、完全にオアソビの着せ替えデジカメ。
RS-1000。

P1180962

トイカメラ的な使い方になっちゃうんだろうね?

P1180967

おっとっと・・・違う意味での
オアソビになっちゃってますが(笑)

P1180970

■日本カメラ館

最後、恒例の日本カメラ館ブース。
毎度、いろいろ昔のカメラがあっておもしろい。

世界初のスチルビデオカメラ、ソニー マビカ試作機。
なにより、記録媒体がFDってのが、
カメラの歴史に疎いわたしには、ビックリ。

P1190031

こちらは商品として1987年に販売された
カシオ・VS-101。26万画素、2インチFDに記録。
お値段、128,000円。

P1190036

そうだよなぁ・・カメラって、
昔は、高級品だったもんなぁ。

こちらはキヤノンのフロッピーカメラ。
98,000円という普及価格・・普及価格!?

P1190038

こやって撮ったり、見たりするらしい(笑)

P1190039

京セラのDA-1。1996年発売ということで、
10年ほど経ってはいるが、相変わらずFD記録。
79,800円。小型化はしているが、
現在から見ると、進化の速度が緩い気もするね。

P1190043

リコーのDC-1。1995年発売で、
なんとPCカード型メモリーに記録というもの。
へぇー・・そんなんあったんか!

P1190047

ニコン・クールピクス100。
こちらはPCカードの端子を備え、カメラごと、
PCに差し込めるというもの・・・1997年ですから、
Windows 95の頃ですね。

P1190051

まさに・・・Win95の盛り上がりのなかで、
生まれたカメラなんだろうなぁ。

さすがにコレより下ると、スマートメディアが
出てきて、わたしも知ってる時代になっていきます。

そして、このあたりはちょうどわたしも
お世話になった機種。このときからSDカードだったなぁ。
ミノルタのディマージュX。光学ズームOKで、
レンズが伸びない仕様でした。

P1190056

いつもより、けっこう早めに出てきてしまいました。
パシフィコ横浜のヤマザキデイリーストアって、
から揚げがあるんですよね・・
ヤマザキのから揚げって、なにげに美味しい・・

P1190072

この後は、万葉倶楽部の温泉と岩盤浴でさっぱり。

まだまだ、イベントや旅の話題が・・・
ネタには事欠きません(笑)

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思い立ったが吉日・・・長野灯明まつり。

〆は、善光寺ライトアップ!
長野灯明まつりというお祭りの一環。

2004年に長野オリンピックの開催を記念し
始まったお祭り・・・というか、
ほとんど善光寺のライトアップくらいしか
やってる内容は、知らないのだけど。

今年で8回目で、わたしは04年05年09年
そして今年の参加で4回目。
我ながらよく来てるよねぇ・・・

灯籠で照らされた参道をひたすら北へ。

P1180672

うぉ!ここだけなんだかアーティスティックだぞ!

P1180681

仁王門前の大本願

P1180709

仁王門。やっぱり光量が少ないのは、
コンデジには決定的な弱み。
この写真を撮るだけでも、何度取り直したことか。

P1180713

善光寺山門。前回撮れたのは黄色でしたが、
今回は緑色。しかし写りがひどすぎる・・・・

P1180743

お見苦しいですが、たまには失敗作も(苦笑)

本堂。本堂正面は必ず赤いライトアップですなぁ。

P1180753

たぶん・・・・このあたりでやっちゃってたんです。
撮るのに夢中で、手袋をなくしてしまい・・

しかも、真っ暗なこの中で見つかるはずもなく・・orz

震える手に息を吹きかけつつ、
写真を撮り続けまっせっ!

向かって左手は青いライトアップ。
これも始まったときと同じだな。

P1180783

クルッと回って、右斜め前から本堂。

P1180806

もちろん、キレイなんだけどね・・・
代わり映えしないよね・・・

先のリンクから、過去の写真も見て
いただきたいのですが、かなりマンネリ化してます。

もーーー寒い!
ということで、早々に写真を撮り終え、
アッツアツのおやきにありつきます。はふはふ。

P1180819

超オーソドックスな野沢菜!うまうま。

仁王門を出るところ。
思いがけず幻想的な画が撮れなーっと。
あ、あともう少しカメラ性能がよければ・・・

P1180833

善光寺を後にすると、こんな普通の
イルミネーションもあったりするわけですが(笑)

P1180840

毎回、長野灯明まつりの〆はラーメンなんです。
初めて来たときににも食べたトロ肉ラーメン。
寒い夜には、体に沁みますね。

P1180844

・・・さて、また深夜までインターネットカフェで
時間を潰し、高速バスで一路新宿へ。
そして、朝からCP+に直行だっ!

しかし・・・1日分が記事7つ分とは・・
書きすぎやろ<自分

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思い立ったが吉日・・・高田城三重櫓。

はい、新潟県は上越市高田までやってきました。
駅舎がなんとなく撮らずにいられない、
和洋折衷な感じなんですよねー。

P1180516

実は、わざわざ高田まで出向いたのは、
ワケがあってですね。

高田城三重櫓。これがですね、
復元モノではあるんですが、できがいいのですよ。

あまり縄張りの残り方もよくないし、
石垣もない土塁の城なんですが、
木造復元でかつデザインが好みっ☆

高田城は、大坂の陣を控えた1614年に
伊達政宗を筆頭に諸大名の普請により、
約4ヶ月という短納期で完成した城。

そもそもは、二重櫓だったらしいけど、
一度地震で倒壊した後、松平光長時代に
三重櫓にしたそうで。

このようなデザインにした理由は、
なんだったんだろうねー。

でも、マンホールは見つけたら、
高田城じゃないんだなー。がくっ。

P1180521

龍と虎の彫刻。
越後の龍・謙信と甲斐の虎・信玄を
なぞらえてるのかな?

P1180523

ってこれ、マンションの入り口なんですけどね(笑)

P1180526

まぁ、豪雪地帯の方にとっては、
普通なのかもしれませんが、歩道の左右が
完全に雪で囲われてしまってます・・

P1180528

ん?NOTOBOOK?惜しい!
ってか、すぐよそ見するー(笑)

P1180530

いつもあの橋を渡ってた気がしますが・・・

P1180532

ム、ムリですから・・・てか、
除雪すらしようとしないのね・・・

P1180535

さて!お待ちかね(?)の櫓。
ね、なかなかいいでしょう?

P1180536

角度を変えて。

P1180546

できるだけ近づいて撮りたいのだけど、
踏みしめられた雪道から外れると、
スボッと足がはまってなかなか抜けないっ!

P1180632


うん、こんなに雪のある季節に
来たのは初めてなのですが、
雪があると、見栄えがアップしますね。
惚れ惚れするわぁ。

ちょっとアップで。これくらいの櫓なら、
一軒家として欲しいんですけど、ダメですか(笑)

P1180560

黒を貴重に白は少なめで、
ところどころに金を使ってる感じが絶妙です。

さて、中にも入ります。
木造だとワクワク感が違いますね。
まぁ、展示は以前と変わらないのですがね。

P1180575

大手門の復元模型。模型があるなら、
復元すりゃいいじゃないと言いたいところだけど・・・

P1180573

縄張りは陸軍第13師団入城の折に
かなり壊されているので、復元しようにも
建てるとことが無いのかもしれないねぇ。

3階から。やはり雪の積もりようは、
ハンパないでやんすねぇ。

P1180588

最上階の木組みも本格的で、
見ごたえ十分です。

P1180590

堀の水は凍り、その上に雪が積もってるのですが・・

P1180595

噴水のあるところは、水の動きがあって、
凍らないため、雪が積もってなくて・・・
なんだかなぁ・・とちょっと残念な景観。

P1180593

駅までの帰り道。
ちょっと・・・イエスさままで、
大河ドラマに便乗ですかい(笑)

P1180647

ホテルのディナーショウの垂れ幕。
ヒデキ・・・お疲れ?(笑)

P1180652

駅に戻る頃にはずいぶん暗くなり・・・

P1180658

電車が出る頃には、すっかり真っ暗。
暗くなったら・・・早く長野に戻らなきゃ。
善光寺のライトアップが待ってるぜよ!

P1180660

ということで、善光寺ライトアップで〆。

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思い立ったが吉日・・・いろいろ収穫。

さて。

ここまで書いてきて・・・実はまだ2月11日の
午後過ぎなんですよねぇ。

もう・・なんだかねぇ・・
書きすぎですよね(笑)

だから、たまっちゃうんだってば、
ということなんですけどね。

はい。

松代駅に戻ってきました。
八幡原から戻るあたりから吹雪がきつく、
ニット帽的な準備を怠ったわたしは、
あたまが凍り付いてきました(泣)

ぶひゅーぶひゅー・・・・
がちがちがちがち。

P1180462

屋代線が無くなったら、こういう景色も
見れなくなっちゃうのかな。

P1180460

いかにも地元の高校生、という人以外は
みんなホームで写真を撮ってたのが印象的でした。

年季入ってますねぇ・・・
「メガネのいとう」ってまだあるんだっけ(笑)

P1180467

さてここで、前半戦の収穫。

先ほどの八幡社では、信玄公強運守。
謙信Verもあったんだけど、武田フリークとしては、
答えは決まってるようなもんです(笑)

P1180470

なんとなく名残惜しくて、
松代駅の案内板キーホルダーとか。

P1180472

いまだに切符が硬券というのも、
鉄なひとには、アツいんじゃないでしょうか??

P1180475

松代駅そばのスーパーで、
おやきをゲットしてはむはむ・・・

P1180477

って、やってると屋代駅。
すごいよね・・・・この貫禄ってば。

P1180482

なんだか知らないけど、無くなっちゃうのかー
と思うだけで同じ景色を見ていても、
感覚が違ってくるような気がする。

P1180484

屋代駅では、千曲市名産の杏を使ったチョコ発見。
よし、これは長いローカル線の旅の
オヤツにしようっ!

P1180492

って、チョコ大福も食ってるわけですが・・・

P1180493

結局、この旅では頂かず、
持って帰っていただきました。

P1190076

こんな感じで普通のチョコ??
に見えますけど。

P1190078

中は杏のジャム。山崎さんとの相性が
抜群でございました。

P1190081

で、北に向かう電車では、
サントリーさんから頂いた白州をぐびぐび。
体を温めなくっちゃね、と言い訳をしつつ、
昼からウイスキー・・・

P1180515

うー・・・新潟県に入ると、
雪の壁がどんどん厚くなってきます・・・。

P1180502

ということで、なんだかんだで
長くなってきちゃったので、切っちゃお。

春日山の手前、高田で下車。
春日山城が廃された後の高田城に向かいます。

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思い立ったが吉日・・・川中島古戦場。

さて・・・ただ1日だけの旅日記なはずが、
書くことがどんどん出てきて・・どうしましょ(笑)

今回の旅、初めてのマンホールの登場です。
しかもカラーマンホ。

P1180351

八幡原史跡公園に到着。
八幡原だから八幡社があるのか、
八幡社があったから、八幡原なのか。

その由来は分かりませんが、
八幡社が建っています。

P1180353

元あった場所は祠が残るのみ。

P1180357

奥には立派な拝殿が建っています。
ちょうどこの日は2月11日ということで、
日の丸が掲げられていました。

P1180366

執念の石。単身信玄めがけて突撃する
謙信の乗っている馬を槍で突いて退けた後、
謙信を取り逃がしてしまった・・ということで、
原大隅守が悔しがって、槍で石を突き通したというもの。

P1180368

信玄と謙信の一騎打ち自体が・・・・
後世の創作なんじゃ?というだけに、
かなり疑惑がありそうな。

物理的に岩を突き通すって、
できない・・よね?そんなことない?

確かに貫通してるんだけど・・・

P1180370

まー・・・そんな野暮なことを
言ってもしょうがないですかね(笑)

脇には、信玄・謙信一騎打ちの像。
大河ドラマ「天と地と」の放映記念で
1969年に製作されたとか。

P1180377

以前に来たときは、旗とかなかった気がするので、
2007年の「風林火山」でまた注目を浴びたからでしょうね。

刀を振り上げる謙信に・・

P1180375

それを軍配で受けようとする信玄。

P1180373

いつ見てもかなり迫力があり、
見ごたえのある像ではあります。

意外と見ものなのが、当時の遺構。
よく見ると、周りが少し盛り上がってるんですよね。

P1180394

これ、信玄の枡形陣形跡なんですって。
ほほー、そうなのかぁ。かなり伝説の色が濃い
川中島合戦だけど、こういった遺構があるのはおもしろい。

土塁の土どめには、自生の槐(えんじゅ)の杭を
根を上にして打ち込んだそうだが、
時を経て芽を出し、今ではこんなに成長したとか。

P1180389

って、アレコレ見てると吹雪いてきた・・・
うううぅーさぶさぶ。

P1180396

ということで、長野市立博物館に避難しましょう(笑)
入り口の自動ドアが、信玄と謙信の錦絵、
ってところは、この土地らしいですよね。

P1180399

ちょうどこのとき、川中島合戦の特集をやってて。
川中島合戦そのもの、というより、
時代を経てどう語り継がれてきたか、という展示。

太っ腹なことに写真OKだったので、
いくつか撮ってきました。

最初に驚いたのが、川中島古戦場が
整備されるきっかけになったのが、
典厩寺で見かけた大正天皇の皇太子時代の行啓。

松代に赴いた大正天皇が、川中島合戦のゆかりの地を
見学したいとの意向があって、案内所がつくられたり、
さまざまな整備が行われたんだそう。

うーん、やっぱり大正天皇は、
戦国時代好きだったのだろうか???

こちらは、貴重な信玄自筆の書状。
1557年頃に長坂筑後守虎房に宛てた書状。

P1180408

敵が夜襲をかけてきたという情報があるが、
真実かどうか確かめよ、という内容。

長坂虎房(光堅)というと、勝頼に余計なことを
ばかりいって武田家滅亡の原因を作った、
と甲陽軍鑑にはあるが、どうやらウソっぽく、
濡れ衣らしいということが分かっている。

信玄からも口だけ達者なヤツだと言われていた
というが、こういった書状があるだけでも、
信頼されていた人物だったであろうことが想像できる。

あと、大衆娯楽としての「川中島合戦」という視点。
歌川国芳ら浮世絵師がこぞって、
錦絵のテーマにしたんですね。

P1180418

そうやって、人口に膾炙することで、
今にまでつながる信玄像・謙信像が形成されたんだろうね。

意外に面白かったのが、大正期以降のパンフ類。
ホント、なーんにも無かったんだなぁ・・・
というのが分かります(笑)

P1180425

P1180426

さっき、ちょこんとあった八幡社だけが
写ってますよね。やはり、大正時代くらいまでは
あのような大きな社殿は無かったわけです。

P1180427

こちらは海津城跡。
草ぼーぼーで、なかなか入っていくのに勇気がいる感じ(笑)

P1180430

典厩寺。こちら今も昔も地味なようです。

P1180432

いかにも古いな!という感じの
絵葉書セットの外装。

P1180428

明らかに海津城の建物がオカシイよね・・・
歴史考証もそんなもんだったんでしょうな。

P1180434

かなり時代は下って・・・エポック社の
川中島合戦ゲーム。なんとなく野球盤的なノリ(笑)

P1180436

・・・・さて、これから松代駅に戻って、
さらに北上、謙信の居城・春日山に程近いところまで。

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思い立ったが吉日・・・典厩寺。

さて、真田邸を出て、武田信繁が眠る
典厩寺まで徒歩で向かいます・・・
やっぱり移動は徒歩(笑)

といっても、4km弱。
会社の帰りに歩く3コースのなかで、
一番短いのが4kmなので、全然平気です。
# 一番長いのは13.5km・・・

松代駅から比較的近いところに、
小山田家を発見。小山田・・・チッ。
# 意味がわかんなーいという方はこちらへ。

P1180289

小山田家、松代藩の家老になってるんですな。
誰がどう生き延びてるか、わからんもんです。

川中島古戦場、3.5km。
アイコンにも、刀に軍配、武田上杉の家紋。

P1180292

松代駅。乗って残そう屋代線・・・
の旗が寂しすぎるんですけど。ううっ。

P1180295

この年季入った駅舎くらいは、
残っておいてほしいもんだよなぁ・・・

上信越道の立体交差。上高相交差点。
ここにも真田の六文銭が刻まれています。

P1180296

松代大橋。これ、真田昌幸のかぶとを
モチーフにしてんだろうな・・

P1180300

世間的にはね、真田といえば、
幸村かもしれないけどね・・・
場数と実績から言えば、昌幸ですよ。

ホントね、勝頼ったら、昌幸ちゃんに
ついていけばよかったのに・・・シツコイ(笑)

で・・着きました、典厩寺。
ちょっと、雪がだいぶん降ってきましたが(寒)

P1180304

もうね、武田菱が並んでる辺りで、
テンションの上がり方がもう・・・ハンパない!

けっこう年月が経ってるんだろうな、
という感じがします。鯱がなんか漫画チックな感じが
するですけど、大丈夫ですか(笑)

P1180306

入って左手には閻魔堂。
第8台藩主の真田幸貫の発願で
川中島合戦300年記念で建設されたとか。

甲越両者の戦没者の霊を弔うということで、
武田の割菱と上杉の竹丸両飛雀が
仲良く?掲げられています。

P1180310

P1180309

閻魔様。かなり迫力があります。
たっ、たぶん・・・地獄で会うことはないはず(笑)

P1180313

信繁の首きよめ井戸だとか。南無~

P1180317

なぜ・・という気がしないでもないけど、
ボケ封じの石。いっぱい触りたいんだけど、
冷たくてしょうがない!

P1180319

東宮殿下・・とは、皇太子嘉仁親王殿下、
後の大正天皇のこと。大正天皇は、戦国時代が
お好きだったのでしょうか?

P1180327

武田典厩信繁公の墓。

P1180329

ある意味では、信玄を越えた、
実に優れた武田の副将。

第4次川中島合戦で、信繁が討死しなければ、
義信の謀反もあのような形にはならなかっただろう。

信玄に興味を持ったきっかけのひとつとして、
信玄家法(甲州法度之次第)があるのだけれど、
その原型は、信繁が嫡男信豊に与えたという
武田信繁家訓が元になってるんですね。

豊臣秀吉における秀長のような、
大将ではない一門衆として、
家中をまとめられる役割を果たしうる
唯一の人物だったのかな、と思うと、
信繁を失った信玄が、戦場で号泣したのも、
むべなるかな、というところ。

そう考えると、息子・信豊の不肖っぷりが
残念すぎてならないのだけど・・

ちなみに。真田幸村って、実は幸村なんて、
名乗ったことはないのです。江戸時代の創作ものの中で、
幸村と言われだしたわけで、家康を窮地に追い込んだ
武将をそのままの名前で呼ぶのが憚られたのでしょう。

本当の名前は・・・真田信繁。
真田昌幸が、武田信繁を慕って次男に「信繁」と
名づけたと伝わっています。

その意味では、実子よりも名前を同じくする
真田信繁にこそ、彼の心意気が受け継がれているのかも
しれませんよ。

最も武士らしい武士のひとり、武田信繁に
思いを馳せながら手を合わせる・・・

本堂。ここでも、武田・上杉の軍旗が
左右に並んでいます。

P1180334

記念館。あまり人も来ないせいか、
すごく昔・・・な雰囲気が漂ってるのだけど。

意外と信繁に関わるものは少ないのだけど、
信繁が川中島で使ったとされる太刀がすごい・・・

P1180348

真っ二つに割れており、別働隊が八幡原に
到着するまでの間、何としても本陣を守り抜かねば、
と奮戦したその場が想像できます。

・・・さて、この後はここから少し北上した
信玄本陣跡に建つ長野市立博物館。

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思い立ったが吉日・・・真田邸&真田宝物館。

真田邸は、もとは最後の藩主・真田幸教の義母貞松院が、
参勤交代制度の緩和で江戸から帰るに当たって、
1864年に建てられた建物で、松代に残る松代城の遺構。

明治維新後も真田家の邸宅として使われたために、
破却されることなく残ったようですね。

最近まで解体修理をしていたのですが、
昨年の9月に修理完了したばかりなんですよ。

4:15あたりから、松代真田家の現当主の真田幸俊さんが
ご挨拶をされています。慶應大の准教授
ブロードバンド無線システムの研究がご専門とか・・・

当たり前ですが、あっちもこっちも
六文銭の瓦があります。

P1180157

このあたりの白漆喰と下見板の感じは、
元・城郭建築らしさを感じさせます。

P1180164

式台。一番城っぽいさが出ていますね。
かつての松代城の御殿が想像できますねぇ・・・

P1180230

この入母屋破風反り具合、ちょうどいいよね。

P1180225

修理が終わった御殿の瓦はつやっつやで、
六文銭がいっぱい!

P1180209

いよいよ、真田邸に上がらせていただきます。
これがまた・・・すごい冷えていて、
つま先が痛いくらいでしたが(>_<)

P1180187

壁や天井は当時のままの部分と、
同じデザインで復元されたものとがあり、
見比べられるようになっています。
意外と質素なつくりだな・・という印象。

P1180189

P1180196

小堀遠州の流れを汲むという庭園も
なかなかよい眺めです。

P1180193

トイレの手水場。
この手の御殿で当主専用のトイレは見かけるのだけど、
そういや手水場って、見ない気がする。

P1180200

壁紙の違い。ウチとソトが壁紙で表されていて、
菱形の壁紙は公のエリア、松の壁紙は私のエリア。

P1180206

P1180207

今では、真田宝物館に寄贈されている
真田家代々の家宝が収められていた土蔵。

P1180212

今では、ぞうり作りなどの体験教室に
なってるみたい。寒い冬はお休みです(笑)

P1180214

ううぅ、池の水面は完全に凍りついていて、
その上に雪が積もって、真っ白白です。
何も知らずに、上を歩いたりしたら大変です!

P1180216

こちらが真田邸外観。
そういや・・・2階には上がらせてもらえないようで。
階段見なかったな?

P1180220

この後、真田宝物館どうしようかな・・・
と思ったんですが、やっぱりパスできずに立ち寄ります。

P1180232

真田家の家宝に行く前に、松代城模型に
がっつきます(笑)たぶん、宝物館の方に、
そこだけでどれだけがっついてんの!?
と思われていたことでありましょう・・・

江戸時代の松代城は、こんな具合でした。
真ん中やや上に復元された本丸・太鼓門が見えますよね。

P1180236

なにより特徴的なのが、三日月堀。
武田軍が築いた城の典型的な特徴で、
やはり、コレを見ると「海津城」なんだなー、
と思わせてくれるのです。

太鼓櫓付近。左右には二層の隅櫓が
建っていたようですね。

P1180238

天守台には、その隅っこにぽつん・・・と
他の隅と同じくらいの大きさの隅櫓。
なんだか・・・滑稽ですが、
まぁ、諸事情でしょうがなかったんでしょう。

P1180243

真田邸を新御殿というなら、
旧御殿・・とも言うべき、花の丸御殿。
幕末、明治初期と焼失し、今は宅地になってるとか。

P1180249

信玄茶屋・・・なぜ、信玄の名を冠する
茶屋があったのだろうか??

P1180259

・・・模型だけで大盛り上がりです(笑)

もちろん、真田家の家宝も見てまいりましたが、
まぁ、ちゃんと見てませんが普通写真NGのはずなので、
じっくり鑑賞するにとどめました。

武田勝頼が真田昌幸に与えた書状とか
見ると泣けてくるよね・・

新府城(韮崎)普請で甲府にいた昌幸が
領地の沼田防衛のために、甲府を離れている間に
織田信忠に攻められ、武田滅亡・・・

昌幸は、甲府から沼田に逃れるよう
勝頼を招いたらしいですが、
結果的にそれを断ったはず。
昌幸ちゃんの言うこと聞いておけば・・・

ま、智謀に長けた昌幸ちゃんに良いように
使われるだけだったかもしれないけどね<勝頼くん

さて、少し松代を離れて・・・
千曲川を渡り、川中島合戦で惜しくも討死した
武田信繁が葬られている典厩寺、
そして、信玄本陣跡・八幡原にある
長野市立博物館と八幡社へ。

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思い立ったが吉日・・・海津城。

さて・・・もうそろそろ1ヶ月前ですやん、
という前に書いておきますか・・・
長野・松代・高田の旅。

実は、全然行くつもりはなかったんですけどね。
それがですね、yunicoさんのツイートで、
長野電鉄の屋代線がなくなっちゃうんだって!!
ということを知り・・・

はっ!屋代線がなくなる!?
ってことは、松代城や八幡原とか、
武田・真田のゆかりの地にどーやっていくの?

ということで、今すぐなくなるわけではないんですが、
勢いで高速バスをポチってしまいました(笑)

今回、新宿駅⇔長野駅の往復に使ったのが、
ARENA EXPRESS。長野まで片道で安いと2,500円、
高くても3,000円で行けちゃいます。

こんな感じで、どこか空港っぽい感じが
待合場所なんですよね。

P1180028

なんか・・・出発ロビーって感じしない?

P1180032

おそらくコイン式のインターネット端末や
売店などもあって、なかなかよさげ。

P1180033

搭乗券(笑)
ま、でもこういう設備があるのは新宿だけで、
長野から乗ったときは、ホテル前で
そこは、他の高速バスと同じような感じでした。

P1180036

長野到着はちょっと遅れて深夜の3時ごろ。
駅前のネットカフェで時間を潰し、朝の7時開始!

せっかくなんで・・今回は、できるだけ
長野電鉄に乗ろうということで、
最初の目的地・松代へは、長野駅から須坂経由。

P1180039

なーくなっちゃうのか・・・屋代線。
須坂から屋代に伸びてるのがソレ。

P1180042

松代駅の駅長室。
このレトロ感、ソソられる人多数かと(笑)

P1180043

ものすごく寒かったわけですが、
そんなには雪が積もってない。
むしろ、路面が凍ってて歩くのが自然と慎重に。

P1180045

昨年、松代城、築城450年だったのか。
ということは、1560年ですな。

P1180047

武田信玄が支配する時代で、山本勘助が
縄張りを担当し、春日虎綱が城主。
そして、翌年に起こったあの第4次川中島合戦の
激戦の舞台ともなるわけです。

朝早いせいか、昨夜降った雪には誰にも
足跡がついておらず、キレイな状態。

P1180048

もちろん、これは海津城ではなく、
後年、真田家の城となった「松代城」の復元。
屋根にうっすらと雪が積もって、
白くなってるのが、いい感じですわぁ。

P1180060

石垣も真田時代のものでしょうな。おそらく。

P1180062

さて、いざ入城!
ちょうど、朝早くから清掃されてる方と出会いました。
お疲れさまです!

P1180065

太鼓門。けっこう、地方の小城ではよく見る
タイプの櫓門ですな。
まだ木材の色に赤みが残っていて、
再建されてから、日が浅い感じがします。

P1180071

こちらは、城の北方にある北不明門(きたあかずのもん)。
本丸搦手(裏手)にあり、築城当初は千曲川に
接していたので「水ノ手御門」と呼ばれていたそう。

P1180083

こちらは、正面。

P1180094

城門は、必ず城内から城外に向けた面には、
窓がありますが、城内向きには必ずしも窓は
ないんですよね。豆知識。

天守台。天守が建造されたことはないのですが、
天守台だけはあるようで・・・

P1180080

天守台は石垣の積み方が違いますね。
つくられた年代が違うのかな・・・
どう見ても、天守台の積み方のほうが古そうなのだけど。

ほら!明らかに違います。
本丸を囲う石垣と天守台の継ぎ目。

P1180133

それと他城でも、天守台だけを築く例があるのですが、
天守が築かれた時代はあったのかなぁ。

天守台からの眺め。右隅は北不明門。
今では川の流れを変えているので、陸地が続きます。
・・・それにしても、後から振り返っても、
寒々しい眺めだなぁ(苦笑)

P1180086

ここからみる太鼓門。
角度的にお気に入りです(笑)

P1180089

本丸にたたずむ石碑。
昔は石垣とコレしかなかったんですよねぇ。

これ、松代開府300年を記念して、
1921年(大正10年)に建てられたんですが、
松代開府記念なのに、海津城・・とはこれ如何に。

ま、わたし的には「海津城」のほうが、
うれしいわけですがね・・・

北不明門を抜けてみます。
一応、当時の土塁らしき土盛が残ってます。

P1180116

城外から天守台。それなりの規模の天守を
建てることができそう。

P1180107

本丸隅に天守台が置かれている・・・ということは、
織豊時代から江戸初期に積まれたのかも。

こういう直角に建物が経っているのを、
斜め45度から見るのが好きです・・うーマニアック(笑)

P1180122

さて・・・この後は、解体修理が終了したばかりの
旧真田邸に向かいます。

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二子玉川・カフェマルコリーニ。

もうね・・・さっさと記事書けやゴルァ!
という声が聞こえてきそうなくらい、
ほったからしですが。

そんな合間にも、甘いものに
現を抜かしてみたり・・・

二子玉川に昨年12月にオープンしたばかりの
カフェマルコリーニ

P1200685

ショコラティエとしては、自分の中で
The Best ブランドなだけに、気になっていたのですよ。

もちろん、お客さまのほとんどが女性
という環境ですけどね。

でも!

狙った甘いものにありつくには、
100%女性客の超絶アウェイ環境にも
突撃していける強靭な精神力を
持っているのは自慢ですからっ(笑)

ということで、戦国武将ばりのオトコが
突撃してきました。

メニューがさりげなくゴージャスな雰囲気。

P1200666

ちょっと今までのマルコリーニの
イートインとは違った雰囲気ですねぇ。

P1200670

あ、でもカフェが併設されている
マルコリーニのショップって、日本だけなんですってね。

マルコリーニ チョコレートガトー。
甘すぎず、カカオの深みを存分に味わえました。

P1200676

まぁ、いかんせん小さい気はしますが、
甘いものも量より質、になりつつあるわたしには
ちょうどいいのかもしれません。

で、意外な伏兵だったのが、
マルコリーニ カカオティー。

P1200677

カカオを焙煎する際に出るカカオピールを
お茶にしたのだとか。
すごいカカオの香りがするお茶なんです。

わたし、砂糖は入れない主義ですので、
ストレートティーで頂いたのですが、
くどくないカカオの香りと味わいがすっごい
心地いいのですよね・・こりゃ、すごいなー。

もちろん、お安くはないのですが、
これだったら、ぜんぜんいいかもという感じ。

うん、マルコリーニ万歳。
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Twitter暦、1ヶ月・・・

はい、ようやくTwitterを始めて、
1ヶ月が経ちました。

まぁ・・・2月だから30日はまだ
経ってないわけですけどね(笑)

ここまでのところ559ツイート。
この調子で行くと、年間6,700ツイートってとこ。

1ヶ月やってみて・・・意外と
みんなツイートしないもんなんだね、ってこと。

もっとうわぁー・・・ってTLが
流れていくもんだと思ってたよ。
やっぱり、やらなきゃわかんないもんだね。

blog更新とネタ関係、それにフォローしてる方の
返信・・というくらいがちょうどいい。
自分からいろいろツイートやりだすと、
TL埋めてしまいそうで(笑)

ま、これからもホドホドにお付き合いしていきましょう。
<Twitter

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