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シゴトにする「好き」、しない「好き」。

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ちょっと刺激されて、唐突だけど
好きなこととシゴトの関係を書いてみたり。

■好きなことをシゴトにするしあわせ、
 しないしあわせ

好きなことをシゴトにできる。
それは、どれほどしあわせなことだろうか?

なのに、シゴトにしたとたん、好きだったことの
いろんな面が見てきて、イヤになっちゃうこと、
ありそうな気はする・・・あり「そう」なだけだけど。

実のところ、わたしも好きなものに
(直接的ではないにしろ)関係するシゴトを
しているのだけど、今のところそういう感覚はない。

好きなことから離れそうに思えて、
愕然としたときはあったけど・・・

逆に、近づきすぎないのがいいのかもしれないけど、
「自分が最も好きなものを、もう純粋に楽しめなくなる」
リスクを負ってでも、もっと近づきたいとすら、
思っているくらいだから。

一方で同じ好きなことでも、例えばウイスキー業界にとか、
物書きにってのは、今はダメかもしれない。

右往左往しつつも、今の軸になるモノが
ちゃんと活きている。活きているだけじゃなく、
ちゃんと太くなりつつあることを感じているから。

他の好きなことをここまで育てるには、
やっぱりすぐにはできない。

なんてったって、そろそろ10年経つわけだからね。
そんなすぐに代替が利くわけじゃない。

だったらあくまで素人として、
ウイスキーを楽しみたいし、blogは書いてるけど、
これでお金をもらおうとは思わない。
気楽に楽しんでいたい。

つい最近も、余市&宮城峡ヴィンテージの試飲会に行くんだー
という話をしていても、そんなに好きなら、
お酒の仕事をしたいと思わないんですか、
と訊かれて、思わないねと即答する自分がいる。

「好きなものをシゴトに”しない”」っていう
しあわせって、こういうことなんだと思うんだよね。

好きなもの・ことを仕事にする喜び、
そして、好きなもの・ことを仕事にしないしあわせ。

どっちのしあわせも楽しめるというのもまた、
しあわせのひとつのカタチだと思っている。

■錨があればこそ。

だけどもし、自分がこれが好きだと思うことに、
打ち込んだがゆえに好きだと
思えなくなった
としたら・・・

想像するだけで、愕然とした事態だ。
「好きなことから離れそうに思える」ことよりも、
もっと事態は、深刻かもしれない。

かつて、出会ったことば。キャリア・アンカー
アンカーとは、船につなげる錨のこと。

できること・できないこと、
したいこと・したくないこと、
評価されること・されないこと

これを的確に分析して、何に軸を下ろすかを
明確にする考え方だ。

キャリア・アンカーの考え方って、
個人的に重要だと思うのは・・・

単に好きとか嫌い、ではなくって、
自分の能力と外部の評価、
そして、自分の心理的報酬を分けて考えるところ。

そして、ここ(日経ビジネスオンライン要登録)でも
書かれているように、
定期的に見直して、その動きをちゃんと
捉えておかないといけないんだろう、と思っている。

ある意味、何でこんなところに異動するんだろう、
と思い悩んだときも、自らが下ろしている
錨(アンカー)を見直す機会だったのかもしれない。

あのとき、どうしたらプラスになるかを考えた。
よく考えたら、なんで?という異動だったけど、
自身の錨はハッキリしていた。

そう思うと、離れそうに見えてても、
視界から消えるような場所に流されていたわけではない。

大枠では、自分の居たい位置が
みえるところには残っているということに気づく。

むしろ、流された(異動した)ことで、
アンカーのコアとなる部分(What)を
違うところからで見ることができ、本来のやりたい何か
をする上で、思考に幅ができるんじゃないか。

自分が下ろした軸の本質と向きあうことで、
そう考えることができた。

|30歳以降の脳はつながりを発見する能力が非常に伸びる、
|30歳を超えるとワインが熟成するような落ち着きが出て、
|すでに構築したネットワークを密にする時期
|に入るということも書いてあります。

あのとき、こんな引用をしている。
30代からは、つながりを発見する能力が伸びると。

引用した当時は、具体的なイメージは思い描けず
そうなのかなぁと思ってたんだけど、
今のような考え方ができたのも、ある意味、
つながりを発見した成果なのかもしれない。

やはり、同じ好きでも、質が違うんだろうな、
と感じるわけ。知っている質が違うし、
視野・視角の多様さは、及ぶべくもない。

このようにずっと向き合ってきていることは、
そうそうすぐにできるものではない。

・・・という思考ができたのも、
こういうことが好きだと、漠然と大海原を
漂っているのではなく、そこにいる明確な理由となる
錨があったからこそ、だと思っている。

日経ビジネスオンラインの男性の例は、
好きな仕事それだけを見ていて、
その仕事の何が好きなのか、その仕事の中で
何を心理的な報酬として、求めているのかを
あまり考えなかったのではないか、という気がする。

■新たなに錨を下ろす海を探すことになったら

でも、将来今のアンカーがずっと、
今投げ入れている海で、使えるかどうかわからない。

自分の軸ははっきりしている。
でも、環境が変わって、
その海では「錨」の用を成さなくなったら。

キャリア・アンカーというのは、その人の人間性や価値観、
それまでの歴史など、そうそう変えられるものではない。
日々、振り返って錨をメンテナンスしていても、
環境が変われば、その錨の使う場所を変えなくてはならない。

そのときになって初めて、好きなことを
シゴトにしないしあわせのひとつを切り崩して、
そこに錨を下ろすのだと思う。

やはり、錨を下ろすには、わたしの場合、
関心があること(=好きなこと)であることが、
どうしても必要だ。

必ずしも、皆がそうではないと思うし、
こういう考え方を強制するつもりも毛頭ないけど、
興味のないところで、自分を活かせる・・とは
とても思えない。やはり、”What”派

シゴトといえるレベルとしての
モチベーションを維持することは無理だと思っている。

そのときに、好きなもの・ことがたくさんあると
自分にとってプラスなんだろうな、と思う。
思うというか、最近そう気づいた。

|もっと、好きなものが世の中に増えたら。
|好きなものは、もっと好きに。
|興味がなかったことにも、目を向けて。

|嫌いなものもせめて嫌いじゃないように、
|あわよくば、好きになれたら。

もともとよくばりなので、なるべく好きなことや
興味のあることが増えたほうが、
楽しいに違いないと思っていたのだけど、
シゴトとの関係からも、プラスになるのかな、
と思ったりしている。

・・・随分長くなってしまった。

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コメント

うーん。深いですね。
数年前まではモルトに全く興味が無かったのに、余市で出会ってしまい、ドップリつかっている自分を振り返ると、ある意味面白いと思います。 もしかしたら、今全く興味が無いことに何年後かにハマっているかもしれない・・・。 
仕事は色々悩みや迷いがアリですが、禅的に解釈するなら「日々これ修行ナリ」ですから?(^^;) 修行にモルトみたいな楽しい要素があればいいっかぁーと能天気に考えてみたりもします。 

投稿: ウイスキーねこ | 2010.11.22 22:46

nikko81です。

●ウイスキーねこさん

わたしも、余市のマイウイスキーが
モルトにはまったきっかけですね。

そして、醤油へのはまりっぷりも、
つい最近までは、そんなに興味のあったことではない
と考えると、おもしろいものです。

シゴトは、悩みが迷いがあっても、
楽しさや興味がないと続きません・・・^^;

投稿: nikko81 | 2010.11.23 14:42

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