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会津を心ゆくまで・・・3日目 土津神社+保科正之墓所。

さて、お昼を頂いた後は、るるぷぅさんに
土津(はにつ)神社をご案内していただきました。
ペットNGなので、アクアくんはすばるさんと
お留守番です・・・ごめんね。

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保科正之というと、2台将軍徳川秀忠の子として
生まれるも、信玄の娘である見性院に預けられた後、
武田旧臣である保科家の養子となっています。

江戸時代の大名でも、名君として名高く、
武田贔屓のわたしとしても、親近感のある人物。

大鳥居が白いんですよね・・・なんでだろう?

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奔雷瀑(ほうらいばく)という人工の滝。
土津神社の創建が1675年rということもあり、
支える石垣は、かなりカッチリした切込接。

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これで蛙との遭遇は二度目。
ここの蛙の謂れは何だろう・・・不明。

拝殿前の手水舎には、本物の蛙も!
小さくてかわいらしい。

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もっと近寄りたかったけど、
コレが逃げない限界でした。

お参りした後、脇の末社のほうにも。
ここも石垣は打込接ですね。

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7つの末社が並んでいます。

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岩彦神社・信彦霊社・久彦霊社・幸彦霊社
・進功霊社・石彦神社・忠彦霊社の7社。

保科正之の子で夭折した子たちの社が「神社」、
正之に仕えた家老たちの社が、「霊社」。

本殿は修繕中で、足場のようなものが見えました。

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おっと、トンボを発見。オニヤンマでしょうか?
さすが、大きいですね。

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わき道を行くと、正之墓所への参道に続きます。

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元は石畳だったんでしょうね、かなり剥がれています。
土津神社の社殿も、戊辰戦争で焼失したというから、
そのときに荒れてしまったんでしょうか。

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ということで、参道を補修中。
これ、保科正之を主人公にした大河ドラマ誘致の
伏線・・・だったりしてね(笑)

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着きました。さすがに墓所前は石畳もしっかりと
残っていますよね。

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門構えも立派です。

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門扉には会津松平家の紋。
ちょっと微妙に徳川宗家と違うかなぁ・・・・

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BULLDOG?なぜに英語で書かれた鍵なんだ?

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墓石には、會津中将源君之墓とあります。
卜部神道に傾倒して、神仏習合を排除したため、
法名はないんですよ。

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さて・・・戻りますよ。
ちょっと、すごい生育の木だね・・・

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この後は、亀ヶ城(猪苗代城)と榮泉酒造のゆっ蔵、
ちょっとだけ東山温泉に寄って、おそばを食べてきます。

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コメント

本殿の修繕も参道の修理と関係してたのかな?
参道がどう生まれ変わるか、楽しみに待ちましょう。
奥の院は、神聖な領域なのを肌で感じるような空気でしたね。

投稿: るるぷぅ | 2010.10.15 02:00

nikko81です。

●るるぷぅさん

そうかもしれませんね<本殿の修繕

奥の院の静けさは、あの空間にふさわしい
空気感でしたよね。

再訪するときにどうなってるか・・楽しみ。

投稿: nikko81 | 2010.10.15 02:02

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