さて2日目。
一ノ関を出て、平泉町へ。
平泉といえば、平安末期に栄えた奥州藤原氏の本拠にして、
源義経・武蔵坊弁慶終焉の地。
あの黄金に輝く中尊寺金色堂を見てこよう。
一ノ関駅にて。
気仙沼のほうに行く大船渡線の快速は、
スーパードラゴンという愛称がついていた。
個人的には、スーパードラゴンというと、
ラジコン&ミニ四駆なんだけどなぁ…(苦笑)
ま、それはいいとして、平泉。
駅から30分ほど歩いて、中尊寺参道前。
ここに弁慶の墓があった。

おそらくこれは、後世建てられたもので
本当は脇にある小さな墓標なんだろうな。

中尊寺の参道は、森の中に入っていく静かな小路。
仙台藩の植樹による樹齢350年にも及ぶ巨木に囲まれた参道だ。

少し行くと弁慶堂。
質素ながら精巧な彫刻が気を引く。

さて、本堂で手を合わせ、
不動堂で所願成就をお祈りしたあとは、
いよいよ金色堂に向かう。
資料館とセットになっているので
まずは資料館から。
金色堂は一度修理されているそうで、
それまではかなり傷んでしまっていたようで。
しかしそれでも、平安末期の建築が
今に残るのはすばらしいことだ。
また、「金色」堂というだけあって、
まばゆい金箔に目が行きがちだが、
虹色に輝く夜光貝の装飾にも注目。
大修理の際には、沖縄から取り寄せたらしいが、
そもそも、平安末期に南方原産の夜光貝を
手にしていた奥州藤原氏の財力がすごい。
仮に義経が逃げ込んでこなくても、
頼朝としてはその財力も、脅威だったに違いない。
どうでもいいけど、資料館の中に
キャッシングサービスがあるのは如何なんざんしょ?
そんなにお土産を買えと…???

さて、金色堂。
ここで見える建物は覆堂。
金色堂を守る建物のこと。

昔は伊達政宗が造営した木造の覆堂があったが、
現在旧覆堂は、別に保存され、
コンクリートの覆堂となっている。
で、その金色堂であるが…すごいですわ。
建物全体が金箔で覆われているのもすごいが、
内陣は単純に金箔をペタッと張ったところは少なく、
細かく細かく装飾されており、その精巧さと美しさに目を見張る。
教科書で見るものではあるが、
実際見るのとはぜんぜん違う。
このあともいろいろ行こうとしたのに、
(平泉郷土館や平泉文化史館とか)
見とれて時間を食ってしまったために、
結局、行けずじまい。それくらいすごい。
最後に目に特にご利益のある薬師様の旗。
ホント、視力は衰弱の一途なので、
切にお願い申し上げます、と。

中尊寺のほかに行けたのは、高館義経堂(たかだちぎけいどう)。
義経がいた高館の跡である。

金色堂を見た後に見ると、
そのスケールの違いに、「…。」となってしまったが、
そこは致し方ないところだろう。
普段、おみくじなど引かない性質なのだが、
なぜかこのときはふと引きたい気持ちになった。
結果は小吉。
平凡なことを静かに続けて、
運を天に任せておく雰囲気だそうな。
なるほど、たしかにしばらくは
そんな雰囲気かもな。結果に納得。
さて、義経供養塔に手を合わせて、
平泉駅経由で一ノ関まで戻る。

それは、はるかさんの記事で気になっていた、
ソースカツ丼の松竹さんに行くため。
はるかさんの記事によると、
初代店主が、卵が苦手であったために
卵を使わないカツ丼を試行錯誤した結果、
ソースカツ丼に行き着いたらしい。
ということは、福井とは別に出てきた
ソースカツ丼なわけね。
で、そのソースカツ丼。

わざわざ食べに来る人がいるのも分かる。
下に敷いてあるキャベツがまたいい感じだ。
普段、ウスターソースはあまり使わないが、
ウスターソースの美味さを再発見したような。
これから、東北に向かうときは、
一ノ関を外せないかも(苦笑)
だが、お会計するときおばちゃんに、
木のにおいしないって言われて…???
なんかわたしが木のにおいがしたそうです。
木の香りがつくウイスキーばかり飲んでるからですかね(笑)
さて、せっかく一ノ関まで戻ってきたので、
盛岡に向かうのも当然新幹線。らくちん♪
盛岡に降り立ち、向かうは当然、
盛岡城址である岩手公園。
盛岡城は別名不来方(こずかた)城ともいい、
わたしにとっては本当に、
「来ることのない城」になってしまっていて。
行くまでの道で気になったのが信号。
なぜかゴールド塗装。どうしてだろう?

さて、榊山稲荷曲輪付近から入城。
案内板には在りし日の盛岡城天守の写真。

これを見る限り、いわゆる御三階櫓は、
火灯窓が並ぶデザインだったようだ。
しかも、屋根は赤瓦であったと伝えられている。
火灯窓に赤瓦か…なかなか洒落たデザインだな。
もうすこし全体像が見れるような写真がないのが残念。
資料があれば、復元もできるであろうに。
しかし、さすが石垣の盛岡城だけあって、
石垣は美しく、見ごたえは十分。


盛岡城は、本丸と二の丸を橋で結ぶ珍しい構造。
他には高知城にしかないらしい。

せっかく雪を見つけたので、雪眼鏡で見てみることに。

あちゃー、解けかけで先っぽがつるんつるん。

本丸側から二の丸への橋を。
最近、マクロはこうして使うものなんだ、と学習。

さて、日が高いうちに公民館に行って、
盛岡城の模型を見てこよっと。
途中、洒落たレンガ造りの建物。
岩手銀行(旧第九十銀行)中の橋支店。
東京駅かと見間違うほど似たデザイン。

それもそのはず、設計者が同じ辰野金吾氏。
東京駅だけではなく、大阪の中央公会堂も。
城だけじゃなく、こういったレンガ造りの洋館も好みです。
いいなー、こういうの。
ちゃんとこのままで営業しているところもいい。
もう1枚、空を仰いで。

今度は中津川沿い。
都心を流れる川なのに、とても澄んでいてキレイ。

もちろん、大阪や東京と比べちゃいかんのだが、
それにしてもキレイもんだと感心。
チョット歩くと、上の橋。
藩政時代の擬宝珠が残る。

覚えたからって連発しすぎ!

確かに当時の銘が残ってますな。
「慶長十六年 八月吉日 源朝臣利直」とある。

中央公民館に着くと、
別館がなかなか由緒ありそうな。
旧南部伯爵別邸だそうで。

こうしてみてみると、赤瓦だ。
ある意味、盛岡城の御三階櫓を彷彿とさせるのかもしれない。

奥には武田菱。

これは、盛岡藩主南部家が、
甲斐源氏武田氏の傍流であり、
家紋が共通だからである。
といっても、かなり早い段階で分化しているので、
戦国大名としての武田家と南部家のつながりは薄い。
で、公民館の展示室で盛岡城復元模型を
楽しみに見に行ったのだが…
かたちちゃうやん!!
明らかに取り壊し前の明治期の写真と
櫓のカタチが違うんだよ。
えー、カタチは適当かよ。。。
ま、でもなんとなく当時の雰囲気はつかめたか。
このあと、まだ陽が高いので岩手公園に戻る。
ここが天守(御三階櫓)跡の石垣。
上に休憩所みたいなのがある。

櫓があれば、すごく撮影ポイントもしっかりしてるし、
きれいに取れると思うんだけどな…残念だな。
さてちょっと休憩しているともう日が暮れ、
あっという間に真っ暗。
どうしようか、と思ってると
ふと八戸まで行ってみるか、と。
どうせ乗り放題なんだし。ビバ乗り放題。
ということで、即八戸行き決定。
この日のうちに仙台まで戻る予定だが、
それでも、八戸滞在時間が2.5hくらい。十分だ。
八戸駅に降り立ち、駅の地図を見ていると
温泉があるらしい。しかも駅前。歩いて10分くらい?
その名も八戸温泉駅前旅館。
まんまやないけ。
しかし、濾過なし、加熱加水なし、
天然温泉掛け流しの本格派。
これがなかなかよかった。
サウナも付いてんだけど、
これも部屋の中がヒノキ造りでとてもいい香り。
あとは、駅前で飯食ったり位しかしてないんだけど、
その場で思いついて移動した割には、
なかなかの収穫かな?三連休パスいいなー。
さて、八戸発の最終電車に乗って、
仙台まで。次の日は瑞鳳殿など、伊達政宗関係。
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