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西日本城廻第3日目。

さて、3日目。

以前大分を訪れたときには行けなかった
杵築・臼杵のほうへ。

ただ、杵築市街地とJR杵築駅が
あまりに離れているため、
別府から国東半島行きのバスに乗り。

バスのほうがいいですよ、
とホテルの方が教えてくれた。感謝。

バス停から見えた別府タワー。
思いっきり広告塔なところに、
通天閣を思い浮かべる。

Beppu_tower

杵築バスセンターを降り、
さっそくマンホールを発見。

Kituki_manhole

一瞬なんだろう…と思ったが、
どうやらカブトガニを両手で護っている様子
が描かれているようだ。

杵築市ではカブトガニの保護に
力を入れているそうだ。
しかし、年々減ってきているそうな。

さて、杵築城のほうだけれども、
こちらも建造物はすべて模擬モノ。

Kitukijou

ただ、ここも例に漏れず
展望台としての役割は十分。

Kitsuki_view

Kitsuki_view2

中の展示にはっとするものが。

近江の戦国大名、浅井長政の子孫が
ここ杵築に落ち延びたというもの。

Azai

そういや、浅井三姉妹のほかに
男子があったというが、織田軍に殺害されていた
と思っていたが、男子は2人いて、
万菊丸という赤子は生きていたようだ。

そして、近江から遠く離れた九州で
ひっそりと生き延びていたのか…
歴史はどうなるか分からないものである。

同じように杵築城で、
浅井直政を見つけている方を発見!

さて、杵築城を後にしたが…どう戻るか。
バスセンターのそばに、タクシーが止まっていたので、
タクシーでJR杵築駅に戻ることに。

JR杵築駅。
城下町らしく、駅舎も城下町らしい。

Kitukieki

杵築駅でアレ?というのを2つ。

これはなんと読むの?
「たいぞう」か?
まさか、「たいしゅう」じゃないよね(笑)

Nantoyomu

もひとつ、特急富士・西鹿児島行き。
西鹿児島駅って、「鹿児島中央」に改称したんじゃ?

Nishikagoshima

ま、いいか。

さて、このあと一路臼杵へ、
でもいいのだけれども、昼も食べてないし、
もうすこし別府温泉を楽しみたい、
ということで、電車で別府に戻る。

お、マンホール発見。
しかも、図案がいろいろ。
もっといろんな花の絵があるのかも。

Beppu_manhole1

Beppu_manhole2

Beppu_manhole3

さて、別府駅でもらった地図を見て、
どこで食べよーかなーと思いながら、
洋食店「グリル三つ葉」を発見。

Mituba

甘辛いタレがかかった「とり天」。
から揚げとはちょっと違う、
鶏肉に天ぷらの衣を付けて揚げたもの。

Toriten

別府に来て、おいしそうと思って
入ったのだが、別府のグリル三つ葉のとり天といえば、
相当に有名なお店らしい。

ちょっと休憩した後、せっかく別府に来たんだから、
ということで竹瓦温泉の砂湯へ。

竹瓦温泉の建物もなかなか味わい深い。

Takegawara

砂湯というのは、温泉を含んだ砂をかぶり、
蒸し風呂のような、サウナのようなそんなもの。

かつて、鹿児島の指宿で同じく砂湯を
体験したことがあって、自分としては砂湯=指宿、
というイメージがあったのだが、
別府も砂湯で有名だったんだ。へぇ。
砂の重みと暖かさがとても心地よい。

夏休みとはいえ、平日の昼下がり
ということであまり客もおらず、
存分に砂湯を楽しめた。

ということで、ばっちり体力も回復したところで、
日豊本線を下り、臼杵へ向かう。

臼杵駅近くで、マンホールゲット。
オランダ商船リーフデ号とかぼす。

Usuki_manhole

さて、目指す臼杵城は、
もともとは臼杵湾に浮かぶ丹生島に
築城された海城。

しかし、高松城や今治城などと同様、
海城であることを感じることは難しい。

また、丹生島の周りに石垣が
残っているわけでもなく、
裏山程度にしか見えないかもしれない。

しかし丘に登っていくと、
石垣が姿を現し、城跡であることが
わかってくる。

Usuki_isigaki

復元大手門。

Joumon_usuki

復元ながらなかなか立派。

畳櫓。これは復元じゃなく、現存。

Tatamiyagura_usuki

残念なのは、崩落防止のためか
岸壁側面がコンクリで覆われていること。

近くでよーく見ると、こんなものが。

Ishigaki_usuki_shufuku

ほんとは、こういう石垣があったのだろうが、
コンクリで固めちゃったんだよなぁ。
他にやり方なかったの?

とはいえ、畳櫓を見上げると、
臼杵湾に浮かぶ臼杵城を船上から見ると、
こんな感じなのかなぁ、と思ってみる。

さて。

予定ではこれでこの日の城廻は
終了なのだが、ケータイでいろいろ探っていると、
この先、佐伯にも城があるようだ。

建造物は、大手門。

佐伯につく頃には夕暮れ頃だけど、
大手門を見るくらいはできるんではないかな?
ということで、佐伯城にも急遽寄ることに。

マンホールも佐伯城大手門、
それに城山を愛した国木田独歩のことば。

Saiki_manhole

さて、電車の時間に間に合うように、
歩いて歩いて歩いて、ひたすら歩いて。

着いた!

看板によると、当時は天守閣もあったようだが、
現在では大手門のみだ。

その大手門。

Ootemon_saiki

はぁ、はぁ、はぁ。

歩きには自信があるが、
ここまで早歩きを、しかも荷物を持って
(コインロッカーなかった!)
歩いていると、さすがに疲れた…

この日は、大分県を過ぎ、宮崎県に突入。
延岡で休むことにした。

さて、明日は延岡城址と目的2つ目、
綾城に向かうぞ。

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コメント

寝台特急「富士」のサボ。
昔は西鹿児島(現:鹿児島中央)まで行ってたのに、
宮崎止まりとなり、さらには大分止まりとどんどん路線短縮されちゃいました。
そして、最近では廃止?の声も。
なので好きなものにはたまらない、幻の行き先表示です。

投稿: はるか | 2006.08.17 13:37

nikko81です。

幻の行き先表示なのですね。
大分まで…ということは、
これを見たのが杵築ですから、
もうあとすこし、というところですか。

実は、これの横にあったサボには、
大分行きと書いてあったんですけどね。
どうしてこれだけ、西鹿児島行きなんでしょう??

投稿: nikko81 | 2006.08.18 00:30

たぶん…、ここだけ壊れてたんでしょう(笑)。
たまたま古い行き先で止まっちゃったとか。
でも稀に、こういうことってあるので、
見れるとラッキーだったりするのです。
客車の老朽化、廃止の噂が出るひとつの要因みたいですね。
すいません、ピンポイントで反応して…(笑)。

投稿: はるか | 2006.08.18 10:47

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