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武田信玄という遺産。

昨日に続き、信玄ネタ。

歴史の興味のない人は、ツラいかも。
一応、ビジネスネタを締めてるんだけどね…

軽く信玄のことを知りたい人は、
こちらなんかいかがでしょうかね。

ちなみに、タイトルはこちらの文章から。
あまりに気に入ったので、タイトル名拝借しました。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

2007年の大河ドラマが「風林火山」に決まり、
功名が辻」に決まったときの高知のように、
甲府の至る所に、大河ドラマの話題が書かれてあった。

主人公は、伝説の軍師・山本勘助晴幸だが、
無論、武田信玄抜きには成り立たない。

よく鹿児島では、西郷隆盛の悪口は言えないとか、
丹波では同じく明智光秀の悪口はいえない、などというが、
山梨県における信玄に対する信仰に近い敬愛ぶりは、
それらの比ではない。

|とかく山梨県人の郷土歴史観は、
|武田氏滅亡と同時にそこで停止し、
|いきなり昭和の時代まで飛んでしまう
(以上、引用「新甲府城物語」)

とまで言われるわけであるから、
そのすごさが想像できようというものだ。

事実、地名やみやげ物など「武田」や
「信玄」を冠するものがあまりに多く、
信玄なくして山梨の観光は成り立たない。

だからこそ、信玄に頼りすぎている
歴史的資源をもう少しほかにも向けさせるべく、
甲府城天守閣の再建が必要、ということなのだろう。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

武田信玄その人に、わたしも含めて
多くの人がここまで引き付けられるのは、
なにも現代の人だけではない。

江戸時代に狂言や読物の題材として、広く庶民に紹介され、
旧武田家家臣の出世頭、柳沢吉保が敬愛し、
あれほど苦しめられた江戸幕府開祖・徳川家康
敵ながら師と仰ぎ、そしてなにより、
在世中から、家臣団・領民に信頼されていた。

楽に生活できるから、ではない。
家臣団は高いレベルの結果を求められ、
領民も軍役や徴税など、負担は大きい。

しかしそれでも、信頼されるのは、
甲斐国内に侵攻を許さず、結果にきちんと報い、
そしてなお、きっちりと気をかけてくれる。

そして彼らも進んで信玄のためを思い、
誠心誠意努力してくれる。

まさに信玄の魅力は人としての魅力であり、
そしてその人心掌握術は時空を超えて、
現代人の心までつかもうとしている、そういうことだ。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

よく戦国時代のひとが歴史に学ぶという文脈で
でてくるときには、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の
尾張三名傑を挙げて比較をすることが多いように思う。

現実問題、天下人となったのはこれらの人々だが、
こちらの文章にあるように、なにを結果として残したか、
ということが、現代を生きる鏡になるかと言えば、
どうもそうとも言い切れないようだ。

事実、信長にしても秀吉にしても、
旧い体制を打破し、新しい体制を打ち立てたが、
打ち立てるところで息絶えてしまった。

信玄は旧体制の代表みたいに、言われることがあるが、
その組織や仕事のあり方に対する哲学は、
後世まで受け継がれていく。

信長や秀吉は、何を残しただろう。
絢爛な天守閣を戴く近代城郭は確かに、彼らの遺産。
しかし、歴史上の結果やモノしての遺産は残っても、
彼らに学べるところが少ないと思ってしまう。

先ほども記したように、最終的に戦国に幕を引いた
徳川家康は、そもそも三河以来の徳川家臣団の結束が強く、
三方が原での敗北以来、信玄を師と仰ぎ、
武田家滅亡時には、いち早く甲斐・信濃に攻め込み、
旧武田家臣団を幕下に収めている。
(このときに柳沢吉保の先祖も召抱えられたのか)

こちらの文章にあるように、同じ尾張の名傑として
名前が挙がっていても、家康は信玄の影響を色濃く受け、
実質的な信玄イズムの後継者、と言えるのだろう。

息子勝頼は、凡庸な将ではなかったが、
父からの「信頼第一」の精神をあまり受け継ぐことなく、
武田家を滅亡させてしまう。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

…あの人と一緒に仕事をしたい。
…あの人が言うなら、いっちょやってみるか。
…あの人が来てから、仕事がしやすくなった。
…あの人だったら、仕事をまかしてみようか。
…あの人からなら、買ってもいいよ。

よく営業は、会社の名刺で勝負するのではなく、
自分の名前で勝負をしろ、というが、
信頼されることが、どれほど大きな力になるか。

営業だけではないと思う。
スタッフ部門であれなんであれ、
自分の仕事にかかわる人たちを気遣い、
仕事をしやすくし、信頼される。

自分は自分だけで動いているのではない。
競合他社だけではなく、自分を取り巻く同僚や
お客さんなどもすべて含めた、
より大きな意味での市場環境のなかで生きている。

自分の利益を追求するには、
自分を取り巻く環境を構成している
お客さんや同僚などの利益を図っていかないと、
自分は伸びていけないのだ。

いまでこそ、WIN-WINの関係といって、
自分の利益と他人の利益が両立する関係を
つくっていこうといっているが、
ことばこそ違え、時代を超えて通じる真理、だと思う。

早くからそれを理解していた、
武田信玄という「ビジネスパーソン」のことばで
この記事を締めくくろう。

「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり。」
(甲陽軍鑑)

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コメント

こんばんわ。
来年の大河ドラマに、「ガクト」さんが、出るなんて凄いですね~!!。
どんな風に演じるのか、楽しみですね。
(nikko81さんは、知っていますか?。)

投稿: H・K | 2006.05.04 19:04

こんにちは。
実は私も武田信玄好きです。まともに伝記読んだことがあるのは、武田信玄だけです。かといって、信長とかが嫌いというわけではないんですけどね。

信玄はある意味、一流の政治家でも会ったのだと思います。治世の天才だったのだと思います。あと10年長く生きていたら、歴史は全然違うモノになったでしょうね。

投稿: じー太 | 2006.05.04 23:55

nikko81です。

お返事遅くてすみません。

●H・Kさん

そうそう、Gacktさんも出るんですよね。
俳優もできるんでしたっけ?

●じー太さん

信玄は、平和な世の中だと
もっと手腕を発揮できたのかもしれませんね。

10年長生きしていたなら。
本能寺の変の1年後。

そもそも本能寺の変が起きていたのか。
歴史のifは、いろいろ想像できておもしろいです。

投稿: nikko81 | 2006.05.08 02:54

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