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寄り道に丸一日かけちゃった…その2

さて、次は伊賀上野。
たいていの人は、忍者くらいしか連想しないかも。

そういう自分だって、忍者と城があること、
それから、東京の上野の元になっていること…くらい。

津(三重県津市)城主の藤堂高虎が、
伊賀上野の地形に似ているため、
「上野」と呼んだらしい…というらしい?
ちょっと、トリビアじゃないですか?

JR伊賀上野から近鉄伊賀線に乗り継いで、
上野市駅を降りると、あやし~い忍者がお出迎え。

ninjya

腰に手を当てているポーズが、なんとも違和感。

城までは、上野市駅からけっこう近い。
案内板を見ていると、俳聖松尾芭蕉の故郷でもあるらしく、
俳聖殿なる建物もあったが、時間がないので、
忍者屋敷と俳聖殿はパスして、上野城のみ。

見えてきました~伊賀上野城。
白壁タイプですな。

igaueno

実は、伊賀上野城天守閣は、
昭和に建てられた木造天守閣。
同じ模擬復興でも、戦後のコンクリ造りとは
ちょっと違うのだ。

前の記事で触れた大和郡山城から移ってきた
筒井定次がはじめ、三層の天守を築く。

のち、藤堂高虎が伊予・今治から入府し
五層の天守を築こうとしたのだが…

完成するはずの天守閣は
日の目を見ることがなく、
竣工間近に暴風雨のため倒壊し、
結局、江戸時代を通じて
復興されることはなかった。

しかし、昭和10年、地元の有力政治家である
川崎克氏が私財を投じて、天守閣を築城し、
現在に至るというわけだ。昨年でちょうど70年。

因みに、孫にあたる川崎二郎氏も
現職の国会議員であり、昨年10月30日、
第三次小泉改造内閣で厚生労働相となっている。

ただ、現地掲示板の触れ込みにある
わが国最後の木造天守閣、は違う。
静岡の掛川城は平成に入っての木造天守だ。

中に入ると、お決まりの藩ゆかりの
甲冑などの展示もあるのだが、
現代になって職人が作った兜があり、
その工法が受け継がれているのが、貴重。

新作兜。

shinsaku

編み笠風兜

amigasa

編み笠風兜とかあるんだったら
逆に、兜風帽子とかないかな。
恥ずかしくてかぶれないか(笑)

三層目には、政治家であった川崎氏が
私財を投じて建設した伊賀上野城の落成を祝って、
政界を始め、当時(昭和10年)の著名人からの
色紙27点で飾られた天井が。

tenjou

岡田啓介(当時の総理大臣)、近衛文麿(後総理大臣)
徳川家達(元貴族院議長)、若槻礼次郎(元総理大臣)
尾崎行雄(元文部大臣)、高浜虚子(俳人)、
横山大観(日本画家)、徳富蘇峰(ジャーナリスト)

などなど、日本戦前史を勉強していれば、
どこかで目にする名前ばかりである。

さて、天守閣を出ると、
藤堂高虎ご自慢の高石垣。

takaisigaki

大坂の陣が不首尾に終わった際、
徳川家康は、上野城の籠城する作戦を考えていたようで
そのために、高く石垣を積んだようで。

フェンスも何もないので、けっこう怖い。
高いところが苦手でなくても、
ちょっとドキッとする。
高所恐怖症なら近づけないんじゃ…

本当ならこのまま、忍者屋敷にでも行くべきなんだろうけど、
まだもっと城を見たいので、
これで、上野城からは退却。

帰りは別のルートで上野市駅まで
歩いたのだが、白鳳門なる門を見つけた。

hakuhoumon

どういう謂れかはわからないが、
隣にある上野西小学校もどことなく、
城っぽい感じで、雰囲気はあっててよかったけど。

shihougaku

でも、小学校の西門には、なぜか
「たのしいもん」と書かれてる…
ねぇねぇ、なにが楽しいの??

tanosiimon

この次は、亀山。
液晶のシャープの工場がありますな。

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