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東海一の弓取りの足跡をたどる…その1

さて、先週は実は性懲りもなく
また、出かけてたんでやんすよ。

しかも、今は青春18きっぷの季節。
というわけで、東海地区の城めぐり、
と相成りました。

東海一の弓取りの足跡をたどる、
というのは、結果的にそうだった、
というだけなんですが。

東海一の弓取りとは、
ご存知、徳川家康。

岡崎に生まれ、幼少は熱田や駿府(静岡)で
人質として過ごす毎日。

独立後、岡崎→浜松→駿府→江戸、
と徳川家康は、勢力を拡大するにつれ、
東へ東へと拠点を移す。

今回の城廻りもそれを追うように、
岡崎城→吉田城→浜松城→掛川城→駿府城、
と2日で五城制覇。

旅慣れた人なら、ピンと来ると思うが、
東京方面から名古屋方面へ、
しかも18きっぷというと、
まず思い当たるのが、ムーンライトながら。

これは、深夜東京を出て、翌朝に岐阜県大垣市まで
向かう快速普通列車である。

大垣まで行ければ、関西に出るのもたやすいので、
特に普通列車なら、1日当たり2,300円で乗り放題になる
18きっぷが使える期間は、満員となる。
今だと、愛知万博へ行くのに使う人も多いだろう。

で、1ヶ月前から指定券(特急券ではない)の
予約ができるんだけど、もうすぐに完売。
こうなると、小田原まで先回りをし、
そこから、地べたにビニールシートでも敷いて
座って寝るしかない。

というのも、東京→小田原間は全席指定。
小田原から自由席が出てくるのだ。
小田原発は1:06。

それまでどうやって時間をつぶそうか…
というときにもってこいなのが、
小田原駅前にある万葉の湯

万葉の湯、というと以前、
博多の万葉の湯を紹介したことがあるが、
もちろん系列店だ。

博多では、湯布院/武雄の湯を
タンクローリーで運んできていたけど、
小田原では、湯河原の湯らしい。

施設としては博多とさほど変わりない。
ただ、2つあるサウナのうち、
低温のほうにはハーブがおいてあって、
ハーブサウナ(?)になっていた。

さて、こうして時間をつぶしてから
小田原駅に戻り、ムーンライトながらへ乗車。

もちろん、座席には座れやしないから
デッキ部で座り込むしかない。

こうして、寝たり起きたり寝たり起きたり
を繰り返して、ようやく岡崎に着いたのが、
朝の5時半ごろだったか。

JR岡崎駅というのも
これまた何にもないところで、
とりあえずサークルKがぽつんとあるくらい。
サークルKでは、メープルシロップの
フレンチトーストを買う。

ここで、愛知環状鉄道に乗り換え、
中岡崎駅へ。このまま乗っていると、
7月に行った愛知万博の会場に近い

「万博八草」駅まで行くことができる。

■岡崎城

中岡崎駅から歩いて5分くらいすると、
岡崎城が見えてくる。

岡崎城のそばには、龍城神社という神社が建っている。
バカみたいに早い時間に行ったので、
当然、中には入れない。

というわけで木陰のベンチで…Zzz。
気づくとちょうど9時ごろ。
こんなところで寝ていたから、
汗びっしょりだ。

okazakijo

天守閣の周りは神社のほかに木々に囲まれていて、
なかなか撮影が難しい、カメラマン泣かせの
ロケーション。

しかも、この天守閣は家康在城時にはなく、
後の城主によって築かれた。なーんだ。
ま、でもそうりゃそうか。
戦国時代真っ只中には、天守閣はなかったんだし。

でも、マンホールはしっかり、岡崎城。

okazaki_manhall

天守閣前には、家康の遺訓。
とにかく苦労を耐え続けた家康らしい
地味で説教くさい(といっちゃダメか)ことばだ。

ikun

城内はお決まりの資料館。
だが、徳川四天王の本多平八郎忠勝の名槍、
「蜻蛉切」のレプリカがおいてあった。

tombow_giri

レプリカとはいえ、実際の
「蜻蛉切」のカタチを見て、ちょっと興奮してくる。
梵字とか彫ってあったんだなー。

ここに置いてあるのは、忠勝が岡崎出身であること、
そして、幕末岡崎を治めていたのが、
忠勝の子孫に当たる本多氏であったことからだろうか。

そのあとは、城内にある徳川家康・本多忠勝像を見て、
三河武士のやかた家康館へ。

ieyasu_okazaki

okazaki

11月から耐震補強工事で休館になるみたいだから、
今、行っておいてよかった。

家康館前の三つ葉葵の紋。
水戸黄門を思い出すな(笑)

mito

徳川氏の前身、松平氏がどのようであったか、
歴史の表舞台に立った家康と比べると、
あまりにも知られていないのではないか。

江戸時代のという太平の世を築いた徳川氏だ。
その先祖は当然よく書かれるのが、
江戸時代のスジであり、結局どういう出自なのか、
結局よくわからない。

長々と書いても仕方がないので、
細かいことは割愛するが、
目立ったのが、家康の祖父に当たる松平清康。

一族の争いに勝利し、三河全域(愛知県東部)を支配下に。
本拠地を安城(新幹線が止まる三河安城です)から
岡崎へ移し、織田信秀(信長の父)をも攻略しようと
尾張(愛知県西部)に出撃し、家臣の反感を受け、
殺害される。享年25歳。

もう、織田信長の縮図といっていい
くらいの勢い。25歳で殺害されたわけだから、
まだまだ勢いは、「若気の至り」だったのかも。

ちなみに、家康はもとは、松平元信といった。
すぐ後、松平元康と改名している。
もちろん、徳川家康の「康」も、この康の字だ。

猛将である祖父にあやかりたい、
気持ちもあったのだろうか。

ということは、家康から「康」の字をもらった
榊原康政はすごいんだね。

■吉田城

あまり有名ではないが、愛知県の東端豊橋市にある城。
家康が今川家から独立後、まずこの城の奪取を図った。

唯一、城っぽく見えるのは
北西方向に建つ鉄櫓(くろがねやぐら)。

yoshidajo

先の家康館同様、こちらも耐震工事中。
こういうのを見ると、東海地震が
現実味を帯びて感じられる。

豊橋市のマンホールは、豊橋公会堂を
かたどったデザイン。

toyohashi_manhall

で、ちょっと気になったのが、
どこの街でも通りの名前を書いた標識、
ってあるんだけれど。

東京だったら、甲州街道とか青梅街道とか。

でも、「東海道」というのは、はじめて見た。
あってしかるべきなんだろうけど、
なんか珍しく見えたなぁ。

tokaido

駅前では、さけとろ丼が食べられる
「ザ・どん」の豊橋店がオープンしたばかり。
ここで食す。ここでないと食べられない、
わけじゃないけど、やっぱいいわ。

ちなみに、この「ザ:どん」はダスキン系列だったりする。

あと、懐かしいミルクセーキも。
小学生のころ、スイミングスクールの帰りに
よく飲んでたんだよなー。

milk_century

■浜松城

浜松に入ると、静岡県。
旧国名で言うと、遠江(とうとうみ)。

もちろんこの「うみ」とは、
浜名湖を指しており、
近江の琵琶湖と対をなしている。

さて、浜松城。

岡崎城が家康出生の城として
神聖視されていたのに対し、
浜松城は、家康に限らず歴代城主が
幕閣で要職に登った者が多いことから、
出世城として名高い。

結構浜松駅から歩く(1.2~3km?)のだが、
ようやく浜松城公園へ。

家康築城期の石垣がまだ残っている。

hamamatu_isigaki

天守閣はこちら。

hamamatsujo2

hamamatsujo1

こちらもまた家康が建てたものではないのだが、
再建された天守閣には、徳川葵が満載だ。

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城内で見つけた面白い逸話。

浜松城に迫った武田信玄に決戦を挑んだ家康、
三方が原で散々に負けて、逃げ帰ってきたわけだが、
その途中、お茶屋を見つけて、
小豆餅を食べて休んでいたところ、
追っての武田軍の声がしたとたん、
一気に逃げ出す家康。

そこで、ただ食いは許さん、と
お茶屋のばあさんが家康を追っかけ、
お代を請求した、という話。

ばあさんの茶屋の周辺は「小豆餅」、
金を受け取った場所を「銭取」というのだそうだ。

…まだ地名残ってるところがすごい。

この日は浜松泊。
もちろん、浜松といえば、浜名湖。
浜名湖といえば、うなぎですよ。

浜松駅前の「八百徳」で、
お櫃うな茶漬けを食べましたがな。
いわゆる、ひつまぶしですな、名古屋でいう。

つづきの掛川、駿府は次回。

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コメント

ながらで行ってこられたんですね〜。
しかも自由で!強者!

八百徳のうな茶もこっこも大好きヽ(´▽`)ノ
そういえば浜松には今まで何度も足を運んでいるのに、
お城に寄った事がありません。
石垣フェチなので是非ともいってみたいです。

投稿: micio | 2005.08.12 11:25

nikko81です。

ハードスケジュールな旅が多くて、
いまだに学生旅行気分が抜けていません。

何年社会人やってんだか。。

名古屋でもうまいひつまぶしを食べましたが、
うなぎの本場でもうまいうなぎを
食べられて、大満足です。

一度うな茶を食べると、3種類の風味の変化
にはまって、普通のうな重とか
そっちのけになっちゃいました。

浜松城の石垣、ぜひご覧ください。
野面積みの石垣に、戦国気風を感じます。

投稿: nikko81 | 2005.08.13 16:08

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始めまして、TBさせて頂きます。 歩きましたね。行って来ましたね。見て来ましたね。撮って来ましたね。残してきましたね。 [続きを読む]

受信: 2005.08.12 17:16

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大阪府豊中市・北海道帯広市・愛知県岡崎市・豊橋市・静岡県掛川市・熊本県山鹿市・岐阜県中津川市・大阪府大阪市・北海道大誉地町・北海道網走土木現業所・鹿児島指宿市からマンホールが届きましたよ♪... [続きを読む]

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