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山形城址を歩く

さて、最後は山形。

といっても見てきたのは、
山形城と最上義光歴史館なんだけど。

■山形城址

基本的には、石垣しか城郭を感じさせるものはないのだが、
東大手門のみ復元されている。

しかも、堀のすぐ脇を新幹線が通っているので、
新幹線で山形駅を通り過ぎるときにも、
おそらく見えるのでは、と思う。

yamagatajo2

yamagatajo

復元されたのがけっこう最近なので、
白壁の白がとても美しい。

また、本丸一文字門の復元が現在進行中だが、
古写真をください、とアピールしていることを考えると、
なかなかハードルが高いのかも。

isigaki

ただ、この石垣の美しさを見ると、
復元が成ったときは、もっとすばらしいんだろうなぁ、
と今後に期待が持てそうだ。

完成すると、こんな感じになるみたい。

kanseizu

また、城内には最上義光の銅像が。

mogami

おまけで、夕日に向かって叫ぶ、義光さん(笑)

yuuhi

伊達政宗との陰湿な争いのイメージがあって、
必ずしもいいイメージはないのだけれど、
どう見られているんだろう…
というあたりは、次の歴史館で。

■最上義光(もがみよしあき)歴史館

最上義光、といっても一般的には
ピンとこないだろうが。。。

山形の戦国大名で隣国の
米沢・伊達輝宗、政宗と激しく争った。
しかし、何を読んでか忘れたけど、
どうにも冷酷無比なイメージが抜けない。

しかし、展示品に書いてある
説明を読んでると、そうでもないみたいだ。

もちろん、反旗を翻した敵については、
誅殺したけれど、基本的には降参した敵は活かすもの、
と考えていたようだ。

また、こちらのサイトを読んでみると、
後年、取り潰しに遭っている最上家は、
資料が乏しく、ライバルであった伊達家から
情報を得るとなると、悪く書かれるのは当然なのかも。

また、武田信玄と同様、
戦争を自国に戦争を持ち込まなかったり、
民衆の疲弊につながるから、ということで
山形城に天守閣を築かなかったそうだし。

むしろ、娘の駒姫がかわいかったために、
豊臣秀次に呼ばれ、秀次に謀反の疑いあり、
と秀吉に切腹させられると、これに連座させられ、
三条河原で斬首されてしまったり、
理不尽な殺生を受けている。

イメージていうのは、怖いものだよねぇ。

…っと、ここまでぜんぜん展示に触れていないが…

ビックリしたのは、上杉軍直江隊との合戦中、
義光が流れ弾を受け、兜に傷がついている。

なんでも信長からもらったものらしいが、
米沢で戦国時代の火縄銃を見ているだけに、
それが、あっちこっちで発砲されて、
流れ弾が当たったら、って考えると、ゾッとする。

もうひとつ、最上家の宝刀「鬼切丸」があるそうだが、
明治期に事業に失敗して、質に入れたそうで、
各方面の助力があって、最上家の元に戻ってきたそうだが、
北野天満宮に奉納してあるそうだ。
というわけで、ここでは見れず。

「鬼切丸」というのは、源頼光が酒呑童子を斬った刀だそうな。

ということで、歴史一色でしたが。
興味ない人にとっては、「???」だったでしょうなー。

すいません、書きたい衝動で書いてるので
そこんところ、大目に見てください、


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