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上杉の城下町・米沢

さて、5/3からの山形遠征について。

まずなぜ、山形なのか?
というと、ほんとの目的は米沢

5/3に米沢で、川中島合戦が行われる、
というのを駅のポスターだかなんだかで
見て、とくにGWの予定がなかったんで、
いってみようかな、と。

武田びいきな自分としては、
わざわざ上杉のお膝元に行くのは、
不思議な気分なんだが。。

余裕を持って、米沢入りしようとしたのだが、
あろう事か、寝坊。くぅー、無念。
ちゃんと早い時間の電車で行った人もいるが。。

とはいえ、そんなに遅いわけではなくて、
上杉行列には、間に合った。

馬上の謙信。
気持ち太めなオジサンが、謙信役だった(笑)

bajo

もういっちょ、米沢駅前を通り過ぎる謙信。
米沢駅がすごいことになってます。
こんなに人がいっぱいになることって、
そうないんじゃなかろうか?

yonezawa_kenshin

さて、こんな調子で川中島合戦場で向かう。

合戦場では、いろいろグッズが。
軍旗とかTシャツとか切手とか。

ちょっと、あれ?
と思うのが、直江兼続関連。

実は、今の米沢の城下町の都市計画を
指揮したのが、兼続なんだそうで、
「米沢の大恩人」とか書かれている。

上杉謙信とこの直江兼続にはさまれて、
2代目の上杉景勝の影が薄いんですけど。。
景勝にとっちゃ、兼続は部下なのにねぇ。

でも、この「直江パン」てのは
あんまりじゃないの?
紙貼っただけやん…

pan1

pan2

ま、それはいいとして、川中島合戦。
武田びいきなので、武田方近くで観戦したよ。

クライマックスの三太刀七太刀の場面。
有名な上杉謙信が武田信玄に切りかかるシーンですな。

Quicktimeをお持ちの方は、
こちらでムービーをご覧いただけますよん♪

それから、稲富流鉄砲隊の火縄銃を使った
古式砲術の披露。

これがまたすごいのよ。
びっくりするな、というほうが無理。
騎馬隊に向けて発砲したら、
命中するとかしないとかよりも、
馬がビックリして、えらいことになりそう。

実は、コレも動画に収めてあるんだけど、
発砲と同時にカメラが大きくぶれちゃって。

Quicktimeをお持ちの方は、
こちらでムービーをご覧いただけますよん♪

しかし、すごかったねぇ。
米沢という川中島とは何の関係もないところで
こんなに盛り上がるなんてね。

川中島合戦後は、両者勝どきをあげて終了。
やはり、上杉のお膝元、
上杉謙信のほうが人気があるよ。
写真を撮ろうとしても、取り囲む周りの人が
一向に減らないんだよ。

そんなアイドル状態の謙信がこちら。

kenshin

一方、信玄。不人気ではないにしろ、
ちょっと、謙信には劣っちゃう感じ。
でも、この方、どっしりしてて信玄らしいよ。

shingen

さて、この後は米沢市立上杉博物館へ。
ちょうど、上杉謙信の特別展示をやっていた。

とある書状で、部下を叱責する内容のものがあった。
そのなかで、きちんと地理の様子を
報告しなかったから、作戦がうまくいかなかった、という内容。

そのなかで、地理が分からんかったら、
かの信玄や氏康(北条氏康)でも、うまくいくわけがないだろう、
ということを書いていた。

なんだか、うまくいかない言い訳に
使っているのが素直じゃないなー、
という感じだけど、謙信も信玄について、
人目を置いていたことが分かる。

あと、へぇと思ったのが、
当時から、信玄が勝ったのか、謙信が勝ったのか
という言い争いがあったこと。

江戸時代から、あーでもない、こーでもない
って言ってたんだ。

博物館には、体験コーナーもあって、
先ほど川中島合戦で披露されていたような、
火縄銃を的に当てるゲームがあった。

火縄銃はちょっと弧を描くので、
的のちょっと上を狙って。。

やった。2回とも命中!

meichu

この上杉博物館では、あとは上杉鷹山の話が多かったよ。
一応、紹介しとくと、江戸時代中期に
困窮した財政を立て直した偉人です。

かのジョン・F・ケネディが尊敬する人物、
として挙げたのは、有名な逸話。
# 本当かどうかは知らないですけど。

博物館を出るころには、もうあたりは薄暗い。
で、この日はお祭りがあるために、
どこもホテルはいっぱい。

ということで、この日は天童まで行くことに。

その前に、米沢で忘れちゃ
いけないのが、米沢牛。

観光マップとかに載ってるところでもいいんだけど、
たまたま通りがかった「ステーキハウスさがや」で、
米沢牛のステーキを食すことにした。

せっかくだから、これ以上はない
というくらい最高級なステーキを食べてきました。

nikuniku

ちょっと、ちょっと、ちょっと。
こんな肉食ったことねぇよ。うますぎる。。

脂身の多い肉って、食べたあとに
脂っぽさが残っちゃうんだけれど、
そんな感じが全然なくて…

もちろん肉そのものがうまいから、
塩+コショーだけでも、うまいんだけれども、
ここのステーキダレが、またうまい。

安くはないよ、確かに。
ていうか、ステーキとしちゃかなり高いよ。
でも、コレはすごい。

ここは、観光マップに載ってませんので…
というのと、行く時間が遅いと
肉がもうない、といわれるかもしれない。

わたしのあとに来た人は、
もうコレしかないです~とか
今日はもう遅いですから~とか言ってて、
あまり商売っ気もないからねぇ。

そんな後には、こんな飲み物を(笑)

slim

本当なら、この後天童に向かって、
2日後に米沢に戻ってくるんだけど、
さきに、米沢ネタを全部書いちゃいます。

あと残っている場所は、

・上杉家廟所
・春日山林泉寺
・上杉神社
・上杉伯爵邸

ですな。

■上杉家廟所

米沢駅からはかなり遠い。
むしろ、西米沢駅からのほうが近いかもしれないが、
電車も本数が少ないので、
面倒でもバスで移動したほうが賢明。

ひっそり静まり返った森のなかで、
歴代藩主の廟が整然と並んでいる。

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もともと、謙信の廟だけは、米沢藩の精神的支柱として、
米沢城内に安置されてあったが、
明治維新を迎え、この廟所に移ってきたらしい。

で、その謙信廟がこちら。

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ちょっとまえに、伊達政宗の廟を見ているためか、
あー、こんなものなんだ、と思ってしまったが。。。

で、もっと古い廟である景勝廟。

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中興の祖、鷹山廟。

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どちらも、質素な廟である。

倹約して藩の財政の建て直しをしないといけない、
鷹山のころは別にして、景勝の廟も質素そのもの。

やはり、関が原の敗戦で、会津120万石から米沢30万石
の減封が響いているのかな。

■春日山林泉寺

ここには、「米沢の大恩人」らしい直江兼続夫妻の墓がある。

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ただ、こちらの旗がないと、直江兼続の墓だとは分からない。
家紋もないし、墓標の字も読めないし。

naoe1

ただ、彼の兜にはこの旗にあるように、
「愛」の文字が大きく書かれてある兜。

この「愛」の文字は、愛染明王の「愛」の字。
兜に「愛」の文字があるのは、
恋愛を司る愛染明王への信仰かららしい。

歴史上の人物の墓参りをすることがあるが、
このように夫婦並んで、墓石が立っているのは、
珍しいような気がする。

この直江という男、とても愛妻家だったのだろうか。
それとも。。。

もうひとり、注目すべき人物。

それは、武田信清。信玄の六男で、
武田の滅亡後、米沢に落ちのび、上杉家の臣下となる。

病床にあった信玄は、信頼に足る人物に謙信の名を上げ、
謙信は、頼まれたら断れない人間であるから、
かならず力になってくれる、と
上杉家と友好を保つように遺言したと伝えられている。

図らずも、その言葉どおり上杉家の庇護の下、
武田家の血脈が続くことになったわけだ。

他の大名から信頼される、謙信。

こちらのサイトで解説されているように、
義を重んじたとされる謙信の実像は、
軍神とさえ、言われるような猛将のイメージではなく、
とても律儀で、繊細な人物であったのかもしれない。

■上杉神社

米沢城址は、上杉神社となっている。

uesugijinjya1

かつての居城が、神社となっているあたり、
武田信玄と似ている。

甲府市にある躑躅が崎(つつじがさき)館跡には、
武田神社が建立されている。

ま、それはいいとして、
祭神は上杉謙信なのに、あたりは上杉鷹山の像がいっぱい。
なんだかやりきれないなぁ。
謙信像×1に対し、鷹山像×3くらいあったぞ。

で、謙信像。僧侶風ですな。

uesugijinjya2

続いて、鷹山像のひとつ。坐像です。
おそらく有名な鷹山の画像を元に作られたみたい。

uesugijinjya3

確かに、謙信は米沢に来たことはないわけだし、
米沢で活躍した、という意味では、
上杉鷹山なんだけど。

ちなみに、有名な「なせば成る」に言いだしっぺでもある。
元は、和歌の一部であり、

 なせば成る なさねば成らぬ 何事も
 成らぬは人のなさぬなりけり

つまり、ことが成就しないのは、
あんたがやろうとしないだけだ、ということ。
かなり耳に痛い言葉である。

また、仙台の伊達政宗はこの城で生まれている。
このころの伊達家は、米沢城主だったためだ。

さて、本堂へ。
つい先日見てきた、江戸城の緑色と似ている。
緑というのは、どうやら銅葺きの屋根がそうなるみたい。
銅が酸化すると、そういや緑っぽくなったような気がするよ。

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さらに、その横には宝物館があって、
戦国時代好きには、かなり「おぉー」な品物が多い。

上杉謙信、景勝の甲冑、直江兼続所用の「愛」入りの甲冑、
毘沙門天の軍旗、さらには川中島で使った、
有名な謙信の白頭巾。

いやー、感慨深いものがあるね。
写真を取れないのが残念だけど。

そのほかにも、謙信が儀式で使った宝剣が、
七星の剣だったこととか(三国志好きな人は、わかりますね?)
上杉家所有だった刀が多数。
なんだか、菊一文字と備前長船が多いなぁ。

■上杉伯爵邸

これは、明治維新後、米沢城を後にした
上杉家の邸宅を高級レストランに改装したもの。

なかなかご立派な建物ですよ。

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hakushakutei2


■おまけ
こちらのサトーヤさんで、
ちぢれ麺の米沢ラーメンを頂いた。

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ちょうど、常連の方々がいる中に、
ヌッと入っていたんだけれども、
なんかそれが気に入ってもらえたみたいで、
旬の山菜の天ぷらや、おひたしをサービスで頂く。

いやー、テーブル席もあるのに、
旅の人が、なかなかここには座らねーよー、ってさ(笑)

この時期の米沢の人たちは、
こういうものをよく食べるのだそうな。
そりゃ、そうだよな。
観光客向けには、肉やラーメンなんだろうけど。

ということで、小一時間ほど、
旅の話をいろいろとさせていただいた。
旅先で、地元のヒトと仲良くなるのはいいよねー。

肝心のラーメンも、ちぢれ麺がなかなか好み。
うまかったですよ。

また、別の店ではこんな看板も。。。

chuugoku


「中国ラーメン」って…ねぇ。
どこかに、「日本うどん」とかあんのかよ、っていう感じ。
でも「インドカレー」は違和感ないよなぁ。不思議。

以上が、米沢でした。
われながら、長くなったなー。
読んでいただいた方、感謝いたします。
でもまだ…山形・天童編がございますですよ。

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コメント

 こんにちは。
 米沢は、私が合宿で運転免許をとったさいの合宿地です。観光はできなかったのですが、米沢牛がおいしかったことはとても印象に残っています。
 米沢の歴史上の英雄は「上杉鷹山」でした。でも、米沢で「川中島の合戦」っていうのも、ちょっと不思議な気分・・・。
 歴史に疎い私としては、上杉謙信=越後なんですけどね。

 また米沢に行きたくなりました。

投稿: astis | 2005.05.08 09:17

nikko81です。

米沢牛は、本当においしかったです。
ただ、そんなに何度も食べられないですね。
かなりのふところへのダメージが。。。

新潟県上越市の春日山城址でも、
さまざまな謙信ゆかりの場所があり、
越後でもやはり英雄は、上杉謙信なようです。
http://www.city.joetsu.niigata.jp/kankou/ijin/ijin1.html

投稿: nikko81 | 2005.05.10 00:37

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