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そう、それで金沢。

さて。いい加減書かないと忘れてまうしな。
ってんで、金沢である。

毎月ANAの「超割」を使っているわけだが、
今回は、なぜ行きの便、
つまり「東京→小松」の早い便が取れなかったので、
ちょっと、いやかなり遅い便で小松空港に
到着することになった。

名所旧跡が中心の金沢なので、
到着当日の周遊はあきらめ、
金沢一の繁華街、香林坊や片町あたりを
うろちょろしてから、ホテルの直行した。

客室でもワイヤレスインターネットが使える
ホテルだったので、金沢の情報を
いろいろ調べていると、
なんと、金沢城のライトアップをしているそうで。

しかし、発見したときすでに
夜の8:30。ライトアップは、9:00なので、
間に合わない。

光に照らされた建物を観るのは、
非常に好きなので、また秋か冬のライトアップの
時に来ることにするか。くやすぃけど。

さて、翌日。
ホテルから金沢城へ直行。

金沢城もかつては天守閣があったそうだが、
江戸時代の初期に焼失したようで、
以後、再建されてないそうだ。

しかし、鉛で造られた白く輝く瓦は、
他のどの城壁にもない、美しさがある。
あたかも、冠雪しているような。
ライトアップとあわせ、
やっぱり冬にも見てみたい、そう思わせる。

ishikawa_gate.jpg

上の写真は、1759年に焼失してから、
1788年に再建され現在に至っている
「石川門」である。

石川門をくぐって城内へ入るには、
向かいの兼六園の前の坂を上らなくてはならない。
その向かいへ渡ろうとしたとき、
加賀百万石の始祖・前田利家公の像があった。

toshiie.jpg

金沢が金箔生産の99%を占めている…
からかどうかは不明だが、
利家の兜は金色に輝いていた。

toshiie2.jpg

ていうかさ、地元のエライひとでしょ。
呼び捨てはないんじゃない?
というツッコミのあと、石川門をくぐり城内へ。
つい最近、再建されたばかりの
「菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓」が見えてくる。

基本的に「櫓(やぐら)」は、周辺警備のもので、
この菱櫓・橋爪門続櫓も、かつてはその奥にあった
「二の丸御殿」を警護するためのものだ。

yagura_all.jpg

石川門を出てぱっと開ける視界に
飛び込んでくる白銀の城郭。
芝の緑と相まって、非常に美しい。

左手に見えるのが、「橋爪門続櫓」。

hashidume.jpg

右手に見えるのが「菱櫓」。
その名のとおり、部屋の形が
菱形になっていることからこの名がある。

hishiyagura.jpg

建物は実はこれくらいしかなく、
後は、石垣の積み方を見て時代の変遷を
感じるくらいのものか。
ちなみに再建には、石垣や堀の復元も含め、
総工費46億円。平成10年3月から13年7月の
3年4か月かけて復元された。

それはともかく、この金沢城の白い城壁は気に入った。
熊本城や岡山城のような漆黒の城郭もよいが、
この白い城壁もまた美しい。
というか、われらが大阪城の瓦の中途半端な
緑色に比べれば、はるかにすばらしい。
天下の大阪城が、なんであんな
趣味の悪い色をしているのか、理解できない。

と、大阪城談義は横に置き。
肝心の天守閣は、何百年も造られず、
それどころか本丸区域は、まったくの植物園状態。
かつて本丸であった威光は何も感じられない。

hommaru.jpg

と、ひとしきり金沢城を周ると、
もう13時過ぎ。お昼の時間だ。
兼六園の傍の「見城亭」で、じぶ煮うどんを食す。

「じぶ煮」とは聞いたこともあるし、
定食屋でも見かけたことがあったが、
金沢の郷土料理であることは知らなかった。

鴨肉が好きなこともあり、美味いことは確かなのだが、
この猛暑の中、熱い料理を食べると汗が噴き出す。
そこは、食後かき氷でクールダウン。

さて次は兼六園。
水戸の偕楽園、岡山の後楽園と並ぶ、
日本三大庭園のひとつである。

兼六園もこれまたくまなく周ったのだが、
コレと思うベストショットだけにとどめよう。

(1)雁行橋
雁が列をなして飛んでいるように見たたてついた橋。
右側の灯籠は、「雪見灯籠」。

gankoubashi.jpg

(2)山崎山
ちょうどこのあたりにベンチがあり、
暑い中でも、ちょっと涼しい木陰になっている。
特に見所ポイントとして地図にはないが、
ここでちょっとひと休み。

yamazakiyama.jpg

(3)霞が池と内橋亭
兼六園で一番大きな池とそれに面する茶屋。
内橋亭の池に面したところで食事もできる。

kasumigaike.jpg

(4)船之御亭
梅林の中にある休憩スポット。
船の形をしている。

funenoochin.jpg

(5)傷ついた松
太平洋戦争中、政府の指示で
軍用機の燃料にするため、
松脂を採取した痕だそうだ。
こんなことまでしないといけなかったんだ…

matsu.jpg

兼六園の後、まだまだ時間がありそうなので
武家屋敷跡へ行ってみることにした。
あんまりにも暑いので、タクシーで現地に移動。

タクシーのオッチャンと話をしてると、
金沢という土地は、梅雨時には
しとしとと強くはないが、しつこく雨が降るのだそうだ。
なので、この日のような(6/20)
かんかん照りだと、金沢人にとっても大変なのだと。

現実、外を歩いている人が少ない。
歩いているとすれば、
ミスチルのコンサートがあって、
金沢まで来たものの、早く着き過ぎて
ぶらついている若者くらいだ。

さて、長町武家屋敷跡に到着。
ここには、「前田土佐守家資料館」、
「武家屋敷跡野村家」などがあるが、
この界隈を歩いているだけでも、
城下町の雰囲気が味わえる。

ちなみに「前田土佐守家」とは、
藩主・前田家の分家で、
大名の家臣でありながら、
朝廷から官位を与えられた特殊な家柄で、
加賀藩の家老の八家のひとつだった。
この八家には、本多家や長家といった家系がある。

この本多家が、徳川譜代大名の本多正信の子で
本多正純の弟である本多政重を祖としていることや、
能登の長連龍の家系がこの「長家」であることなど、
だからどうしたの、そんなマニアックなこと知らんということも、
戦国時代ゲーム「信長の野望」をやっていると、
なるほどぉ、と言いたくなったりするから不思議だ(笑)

さて、江戸時代の雰囲気漂う
長町を少し歩き、武家屋敷跡野村家へ。
夏休みに親戚の家に遊びに来たような、
そんななつかしい感覚を思い起こさせる建物だ。

nomurake.jpg

地味なようだが、諸外国に日本庭園を紹介している
雑誌では、ベスト3位に入る立派な庭園なんだそうだ。

the_third.jpg

さて、最後は、利家とその妻まつを祭った
(しゃれじゃないぞ)尾山神社へ。

そんなに毎回見ていたわけではないのだが、
「利家とまつ」、というだけで
唐沢寿明と松嶋菜々子のイメージしか出てこないのだが…

もともと別の場所にあった「卯辰八幡宮」を
明治時代に今の尾山町に移し、尾山神社としたそうで、
そのときに、鳥居の奥に洋風の神門を新設。
周りの雰囲気に合うかどうかは別にして、
スタンドグラスは美しく輝いていた。

oyama.jpg

よいものを見せてもらった利家殿とまつ殿に
手を合わせ、尾山神社を後にした。

というわけで、暑い中金沢の名所旧跡を回ってきた。
まだ飛行機の出発まで相当時間があったので、
金沢駅前のスーパー銭湯で露天風呂+衣類の洗濯を済ませ、
すっきりして東京へ戻ってきたのであった。

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